日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

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魔法にかけられて?

「魔法にかけられて」という邦題の映画がありますが、観てません。ただ、このタイトルを聞いて、「ん?」と思った人は多々いるようで。私もそのクチです。日本語の文法にはちょっとうるさいですよ的な見地でそう思い至ったのではなく、日本語を母語とする一人間として何となく違和感を感じた。

けど面倒なので以前のように詳しく検証する作業は他の人に任せます。以下想像だけ。

「かけられる」と聞くと、当然「ABかけられる」というふうに目的語を必要とするように感じる。まるで詩人が痛みを必要とするように(←これ何の引用か分かった人エライ)。この場合、一般的にAは人、Bはモノです。「魔法にかけられる」と聞くと、「魔法Bかけられる」の目的語Bを省略した文のように聞こえる。となると、魔法さんという人がいるの?魔法ってモノじゃないの?となり、それが違和感となるわけだ。
…ってそんなバカな。確かに、パッと目耳にした瞬間の違和感はそれが原因の場合もあるかもしれないけど、魔法さんが犯人なわけじゃないだろうと誰でもすぐに考えるわけで、魔法はBであると気付く。で、このフレーズを反芻してみる。「魔法にかけられて」。「魔法にかけられて」?…ん?「魔法をかけられて」じゃね?

例えば、「催眠」だったら?「催眠をかける」「催眠にかける」どっちだ。「催眠術」だったら?「催眠術をかける」。「催眠状態」だと?「催眠状態にかける」。この場合「催眠術」は手段(原因)であり、対象に向かって飛んでくるもの。「催眠状態」は目的(結果)であり、対象が飛び込んで(放り込まれて)いくもの。催眠術をかけられた結果、催眠状態にかけられたことになる。だから「催眠術」を目的と解釈すると、「催眠術(の術中)にかけられる」もありうる。じゃあ、「魔術」だったら?「罠」は?「暗示」は?「拷問」?「謀(はかりごと)」?「鑑定」?「篩(ふるい)」?「競売」?「入札」?「火あぶりの刑」?「縄」?「網」?色々例を出してみると、……よくわからんので以下略。で、「魔法」は?「魔法にかける」も「魔法をかける」も間違いではない。「魔法」は手段(原因)にも目的(結果)にもなりうるからだ。よって、「魔法にかけられて」は文法的には間違いではない。…本当かなぁ。

書き始めたら意外と長くなってしまった。

まあ、意図してかどうかは知らないが、「魔法をかけられて」よりもインパクトがあり、印象に残る。こういうかたちで話題にもされる。商業的には「間違いではない」どころか「大正解」ではないだろうか。

関係ないけど、「商店街に行く」「商店街を訪れる」の例みたいに、助詞が決まってる場合もありますね。商店街は目的地ではなく通り道かもしれないので、「商店街を行く」はありうるけど、いかなる場合にも「商店街に訪れる」はありません。

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魔法(に)かけられて……?

2009/12/08(火)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)
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