日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

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永遠/KAN

永遠/KAN
(作詞・作曲:KAN)

曲名だけだとフツーすぎて誰の曲かわからない、目立たないアルバム曲。でもベストアルバム『めずらしい人生』のラストを飾る美しい曲。歌詞のある一節がすごく好きで、自分的名曲の迷宮入り、じゃない殿堂入りした。

解釈1
「ぼく」の存在の重さを「ぼく」が持てるのなら、つまり人は自分の重さを自分で持つ限り、飛行機の最大積載重量を気にしなくていいのだ。交互にジャンプしていれば定員の2倍の人数が乗れるぞとか、そういう出来の悪い冗談を言っている場合ではない。すばらしい。応用すれば、空中二段ジャンプとか、果てはそのまま空を飛んだりとかもできそうだ。

解釈2
持ちつ持たれつ、それが人間である。でも、自分の存在という「荷物」を自分で持つということは、この基本的なあり方を否定するということだ。それでも「隣に永遠に」いるという。「僕ら延長コードの銅線~ いつまでも どこまでも 隣り合って走ってるけど~ 決して まじわる ことのない 二人~(こんな曲はありません、詞:すしる)みたいな。その上「君」は泣いている(或いは泣いていた)のだ。これを涙せずに聴けるか、否。


たとえば ぼくの存在が君の重荷になるなら その荷物もぼくがもちます」このフレーズがとても印象に残った。どうかしている。

2003/05/09(金)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)
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