日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

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セピア

セピア/堂島孝平
(作詞・作曲:堂島孝平)

~すごい昔の記事のリバイズ~

言葉は生き物である。推名林檎の『ギブス』のジャケには、“GIPS”と表記してある。なぜ「P」で「ブ」なんだ?疑問に思ったわたくしの調べ(音楽ではない)によると、“GIPS”はドイツ語であった。なるほど医学はドイツ語だ。患者のカルテ(Karte)も然り。で、「ギプス」が訛って「ギブス」になったんだと。同じく椎名林檎の『罪と罰』は、某作家の某作品を意識して、盤面はロシア語表記になっている。ちなみに読んだことないです。よく見ると、「SHÉNA RINGÕ」の「N」が「И」になっている。これは英語で言えば「i」、日本語では「イ」?にあたる文字だ。ちなみに「у」が「u」で「р」が「r」で「с」が「s」だっけ。わざとにしか思えない。

というわけで、堂鳥孝平の『セピア』を聴いていて、どうもひっかかるな、と思った。“みゃくりゃく”という単語は聞いた事がない。まさか「みゃくらく」の誤りじゃなかろうて。そこで歌詞カードを見ると、「脈略」。うおおおお「脈絡」の読み違いではなかった。だが、天下の広辞苑第五版(岩波書店)に、そんな単語はない。

「脈絡」には、物事のすじみちというかつながりというかそんな意味がある。まさに私に欠けているものである。「絡」は、「連絡」というように、「つながり」の意味がある。なんだ、「脈」も「絡」も要するに「すじみち」じゃん。対して、「略」には、知恵というような意味と、はぶくことの意味などがあるそうだ。ということは、“脈略”とは、1.「筋の通った考え」、または脈を省くことから、2.「すじみちのないこと」といった意味の言葉であると推測できる。では、歌詞にある“脈略ないこと”とは、筋道立てて考えもしていない事、要するに“他愛もないこと”なのか、筋道のなくないこと、つまり“筋の通ったこと”なのか。この場合、コンテントからして前者であろう。つーかもう少し踏み込んで考えると、「脈略ない」は「脈」を二重否定しているのではなく、否定を強調しているのであり、「すごくどうでもいいこと」の意である、とする方がいいか。

これは革新的だ。面倒なので例を挙げることはしないが、言葉は提唱されてから普及するまでにかなりのタイムラグを取る。今“脈略”を唱えることで、彼が先端に立ち時代を切り拓いていくのだ。言葉は生き物である。
[2000年2月23日/2003年8月21日]

2003/08/21(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)
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