日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

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ショーシャンクの空に

ショーシャンクの空に/The Shawshank Redemption(1994、米)

この映画を観て希望を見出せ?絶望しか、じゃなかった、絶望の方がより色濃く見出されちゃった私はどうしたら良いのだろう。ハンマーの形にくりぬかれた聖書でも読むか。

「原作を読んでから映画を観ろ」。この原則は守りました、今回。適切な言い方がわからないけど、タッチとでも言うか、根本の部分が、「刑務所のリタ・ヘイワース」(というフレーズ)と「ショーシャンクの空に」(というフレーズ)くらい違うね。そして思った。当然かもしれないが、かの原則は、分析的に観たい場合に有効であって、エンタテインメントとして捉えたい場合には機能しない。そして不思議なことに(i. e. 私の予想に反して)、障害としても機能しない。ノーリスクちょいリターンってやつだ。って言うと突然安っぽくなるのがちょっと口惜しいが。

今作に限って言えば、絶望しか、いや、絶望の方がより色濃く見出されちゃった私にとっては、分析的に観られたことが結構大きな救いになった。撮り直したいシーンもあったし(ちなみに、終盤に出てくる、ANDYのNを彫ろうとして何かが起きたシーンです(注:私は映画に対し何か一コダワリ持っている人ではないので、まあ、そういうことではありません))。

でもやっぱり、世の中には気分を変えるために映画を観る人も多いかもしれないが、映画はその時の気分の輪郭をくっきりさせたり、拡張するだけのような気もする。それは作品によると思っていたが、そうでもないかもしれない。そんなことを思った。作品に直接関係しないことばかり思うのは、作品が大したことないから?いやいや、そんなはずはないと思うけどなあ。どうかなあ。

これ、「恐怖の四季」の一角だよ。

2005/12/29(木)| 映画| トラ(0) | コメ(0)
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