日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

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インドアで初心者と間違われるために2

昨日、気の早いインドアの試合に出た。昨年の二の舞を期待して、ローランという練習用の弓に、装備だけちゃんとした競技用という、実にバランスの悪い弓で。ただ違ったのは、昨年は事前にかなりの(私的に。一般的に言ったら全然大した量ではない)練習をしたのに、今年は、前日にぱぱっと調整してサイト取って出場、というまるで期末試験かのような対応だった、ということ。

これが、ダメだった。まあ結果を残したいのならこれがダメなのはを見るより明らかなのだけど、とにかく結果だけ考えたらそういうことだった。けど、それだけじゃなかった。ものすごーく、意味のある試合だった。

途中まで全くグルーピングしなくて、焦ってセッティングをあれこれいぢった。実はこれには前触れがあって、前日の練習で、途中から明らかに外れだした(気がした)のだった。けど原因を発見できないまま日が暮れてしまって、そのまま試合に来た。やっぱり外れるのだけど、あれこれいぢってもやっぱり外れる矢を見て、却って今度はクールに、原因を探り始めた。

で、まあ私が未熟者であるが故に、原因をやっと見つけたのは試合も半ば終わる頃で、しかも発見できたのは単なる偶然なのだけど、その意味では「意味のある試合」とか満足気に言ってる場合じゃねえんだけど、けど、自分の中である確信を見出せたことが、何より私に満足感を与えたのだ。1フレーズで書き切ってみた。

「ここまで外れるのは、技術のせいであるはずがない。」

こんな調子乗っってんじゃねーよ的な確信を、私は持った。おかしいくらいグルーピングしないと言っても、的を外すほど外れるわけではない。誰が見てもおかしい外れ方ではない。でも、私の体は、私の体が未熟さから導いてしまうミスと、矢の外れ方が連動していないことに気付いた。それで、矢飛びがたまに変である(毎回変だったら、それはそれで構わない。毎回同じように変ならば、結局当たるもん。ミスは拾いやすいけど)ことに気付いた。

もう、何というか、満足感。自分の技術において許容されるグルーピングが7点だとすれば、今回弓具に問題があるために出来上がったグルーピングは5点(数字は「例え」です)。しかも練習と試合という、環境差。極端に違うわけではない差を「道具のせい」と確信できたということは、自分の現状をそれだけ正確に(客観的に?)把握できているということだ。技術的にも精神的にも何的にもまだまだ全然ダメダメだけど、でも少なくとも一歩進んだ気がしたので満足。道は長いが。

世の中、高い道具で却って外してる人は多々いると聞くが、本当にそうなんだろうなぁ。道具のせいにして技術の問題を発見できないのはもちろん問題外なのだが、日本人的な自信の持てなさ故に技術のせいにして道具の問題を発見できないのも問題外だろう。せめて問題内にいたいと思う。

ところで、今回の試合で弓具のどこがどういうふうに問題だったのかはこの記事で書きたいこととは何の関係もないので触れないでおくが、普通の人(もう少し冷静で知識とか洞察力とかがある人)なら、前日にちょっと射っただけでもそのくらい気付くだろうに。私はダメダメである。

2005/11/07(月)| 洋弓| トラ(0) | コメ(0)
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