日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

since apr.01,2005

 
<!>ここでは過去の日付に新しい記事が追加されることが少なからず、というかかなり頻繁にあるので、暇な人は「新着」に騙されないように掘り返してみてね。
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高架化工事現場

某鉄道線の高架工事現場で、緩んでるナット発見。だから何ってことはない。

この工事には確かガソリン税が使われているので、私も一応無関係ではない人である。果たしてこの工事が完了する頃、私はこの沿線に住んでいるのだろうか。

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やっと出た。60点。練習も含めて人生で一度も出たことなかったけど、試合(のようなもの。一応)で達成。今年に入って練習で数回、試合で1回か2回は59点を射ってたし、別に遠い存在とは思っていなかったけど、どういうわけかなかなか出なかったんだよね。ちなみに30mでの話。それ以外の距離では…まだ当分は無理であろう。

1、2エンドがともにン点と、自分的には微妙に良いんだか悪いんだかわからない点数を射った後の3回表、30金達成(xと10の違いはあまり気にしていないので憶えていない)。その裏で事件は起きた。1射目は多分10点に入り、2射目は左の9点に外れたように見えた。別に意識していたわけではなかったので「ちっ」とか思わなかったけど、その後の3射目が…なぜかうまく引けない。引き戻してるうちに残り30秒を切り、もう一度引くんだけど、うまく説明できないけどとにかくどうにもダメ。完全にパニックになり、再度セットアップすると今度は押し手の肩君が押し手の肩であり続けることを完全に拒否してくれて、フルドローにすら到達できないまま放しちゃった。結果12時の3点。この時点でもう人生終わったような気分になった。点数の問題ではなく、肩が肩であることを否定してきたような感じだったので、もう二度とフルドローに辿り着けないんじゃないかと、このままリタイアになるんじゃないかと、思い返すと笑っちゃうくらいにブルーの底なし沼。まあ傍から見てもわからなかっただろうけど。

不安を通り越して気が遠くなりそうな感じで4回表のシューティングラインに立ち、いつも通りのタイミングでセットアップして引いてくると、ふつうにホールディングしてふつうにクリッカーが切れてふつうにフォロースルーを取ってふつうに矢が10点に飛んでいった。なんだまだ射てるじゃん俺。それが嬉しくて嬉しくて、ステージ上で倒れ込んで手が半透明になって助けてくれ~という感じから一気に復活して演奏を再開したマーティのごとく再起した、とかいう余裕はなかった。あと1ミリでも肩がずれると、あと1秒でもエイミングが長引くと、すべてが崩壊してしまうような危機感を感じながら3射して30点。あまりに見事な復活劇に、気分は…やっぱりパニックのまま。

――ここまで書いてから続きを書き始めるまでに数ヶ月のブランクあり――

そして4回裏。さっき矢取りに行ったときは30点であることを素直に喜んだけど、弓を持つと頭はパニックに戻る。もうほんと、崩壊しそうな不安と戦い続けているので、余計なことは考えられない。ただ射つだけ。まるでトップアーチャーじゃん、全然違うけど。でも、点数はそんなわけで変に意識していなかったけど、矢が10点に飛んでいくのはちゃんと見えていて、分かっていた。実感していた。それが1射、2射と続き、3射目も(おそらく)10点に入ったのが見えた。この時私は60金が出た(かもしれない)ことを確かに理解していたのだが、パニックと闘い続けていることに疲れ果てていたので、控えめなガッツポーズとともにシューティングラインを下がり弓を置くと、ヘタっとその場に座り込んでしまった。

ほぼ確信しつつもドキドキしながら矢取りを待って、一目散に的まで走っていって、60金達成を確認すると、飛び上がって喜んだのを憶えている。

それで何かが変わったかというと、そうではなかった。まだ試合は2エンド残っている。相変わらずパニックで、崩壊しそうで、綱渡り状態が続いた。ほんと疲れた。結局崩壊することなく無難にこなした(今思えば、60金なんかよりもその事実の方がずっと自分で自分誇れる)。3回裏の3点が響いてトータルは良くなかったが、とりあえずはまあ良かった。ふう。

▼この記事|| 2006/06/04(日)| 洋弓| トラ(0) | コメ(0)
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