日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

since apr.01,2005

 
<!>ここでは過去の日付に新しい記事が追加されることが少なからず、というかかなり頻繁にあるので、暇な人は「新着」に騙されないように掘り返してみてね。
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宮里藍さん父を脅迫

宮里藍さんの父を脅し現金を取ろうとした男を逮捕。「現金500万円をもってこい」との文章を送りつけた疑い。
(毎日新聞、1/25 1:30、Y!社会(携帯版)より)

(この記事に関してはみんながみんな同じことを思ったようなので今更書くのもアレだけど一応書いておきます。)見出しだけ見ると、あらぬ誤解を抱きかねない。Y!モバイルのニュース、誰が選定して誰が要約してるんでしょうかね。はっきり言ってアホです。いや、もしかして「なに!?」と思わせてアクセスを稼ごうとしてるのか、下世話なスポーツ新聞のように。

しかし、この見出しは、心得のある人が見れば、「日本のメディアは、容疑の掛かった人物に“さん”は付けない」ということを予想し、変に誤解なんかしないかもしれない。って、そういう問題かよ。

じゃあ、どうあるべきなのか。モバイル画面上ではレイアウト的にあと一文字くらい入りそうに見えたのだけど…仮に見出しの字数制限が9文字だったとしよう。まず、コトバの面で考えるべきは、主語・目的語の再選、「てにをは」の再振りだけど、…以下略。次に、社会的了解(?)の面で考えるべきは、「宮里藍」とフルネームである必要はあるのか、ということ。他の宮里さんや藍ちゃんには申し訳ないけど、私的には、フルネームでなくても良いのでは?と思う。あと、「さん」は必要なのか。世間的には、往々にして有名人には敢えて敬称つけなくてもいいや的風潮がある気がするのだけど。

ここまで書いておいてナニだけど、「世間」とか「社会」に最も遠い私が語るべきことではない気がしてきたのでこのへんでやめます。

http://blog.livedoor.jp/musashimaru0053/archives/50525987.html
http://www.blog-headline.jp/sports/archives/2006/01/65.html

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▼この記事|| 2006/01/28(土)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)

私は某!オークションを利用していて、そのシステムの仕方ないんだけどなんか変だなーと思う部分について、なんか変だなーと思いつつもまあ仕方ないんだろうなと思っている一人である。

そんなオークションのシステムのひとつ、「評価」に、いつからか(05年12月中旬頃だと思うけど正確には知りません)異変が。以下は、“「評価」をもらいましたよ通知メール”の文面。

HD_DVD様

Microsoftさんから「非常に良い」と評価されました。
これにより、現在の評価が30に上がりました。

だったのが、

Blu-ray様

おめでとうございます!! Appleさんから「非常に良い」と評価されました。
これにより、現在の評価ポイントが「27」に上がりました。

に変化していた。「おめでとうございます」!?清く正しく滞りなく対応して、無事取引を済ませて、相手に満足してもらえて、なぜ「おめでとうございます」なのか。非常に良い対応をして「非常に良い」と評価されるのは当たり前じゃないか。

これには、前々からその存在が噂される、常識(個性派ぞろいの世の中にも少しぐらいは普遍的に通用する常識があるだろう、という考えに基づく常識)が通用しない連中の影が見え隠れしている気がする。某ー!は、「評価内容はほかの利用者にとって重要なものとなります。」と言いながらも、このことによって、「評価なんてだから、変なヤツに不当な評価をされたって仕方ないよ」という責任逃れ(とばっちりクレームの回避とも)を見事にやってのけているのである。

あるいは、出品者である私が、検品の不備や誤発送などの致命的ミスを犯してその結果「悪い」評価をもらっちゃったとしても、「評価なんて運だから」と開き直ることを…さすがにそれはないか。

とにかく、です。
[2006年2月4日]

ところで、話が逸れすぎて困るくらい逸れるけど、…って、この先を書いてみた結果、あまりに逸れすぎだったので別記事にしちゃいました。
[2006年2月4日]

▼この記事|| 2006/01/26(木)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)

自分自身は、願わくは“正しい”尊敬語&謙譲語ユーザーでありたい。しかし、世の日本語スピーカー全員が、というか日本語そのものが、“正しく”あってほしいとはこれっぽっちも思っていない。

けど、そりゃあんまりだろ、という例に出くわした。いつか、どこかの会社の若い男性と、電話で話をしていたとき。自分は「お客様」という立場。今では具体的な状況を全く憶えていないので、適当な会話をでっち上げてみる。

えー電話番号がですね、XX、XXXX、XXXXになりますので、もし何かありましたらご連絡いただければと思います。
あの、もし、当日行ってみたらやっぱり8本足だったっていう場合は、どこに連絡すればいいんですか?」
あーその場合もですね、えー私が今おっしゃいました、電話番号にお掛けいただければ大丈夫ですので。
……。

こいつ、自分の発言に「おっしゃいました」とか言ってるよー。「ご連絡してください」とか、言い回しをちょっと間違えるならともかく、違う単語じゃん、それ。

にしても、大仰な単語だなあ、「おっしゃる」。“オオセアルの約オオシャルの転”(「広辞苑第五版」より)。約したり転じたり、単語も大変である。「言う」なのに。

▼この記事|| 2006/01/20(金)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)

ほぼ日刊イトイ新聞>「オトナ語の謎。」>「第4回 オトナの基本用語:その4にも載ってますけど。

一般的オトナ社会になかなか馴染みのない私は、ちょうど1年ちょっと前(“ちょうど”じゃねーじゃねーかおい)、不動産屋を方々回っていたときに初めて耳にしました、「なるほどですね」。まだまだ若くて※1、テキパキ動くんだけどこっちの意向を全く呑み込めてなくて空回りしている、平たく言えばダメな営業マンが、すげー連発していて、一時的に自分の中で流行った。ところが、その後に寄った別の不動産屋で、まだ若くて※2、落ち着いてて、人がよさそうな店長さんが、同じく「あ~、なるほどですね。」と連発しているのを聞き、それが市民権を得た日本語であることを感じた。

なる‐ほど【成程】
[一](副)
…(2)まことに。いかにも。…
[二](感)
合点がいった時、または相手の話に相づちを打つ時に発する語。近世後期では、略して「なある」とも。…
(「広辞苑第五版」、岩波書店)

へー、「なある」「なーる」って、古い言葉だったのか。わりと近年発生してすぐに滅んだ語だと思ってた。んなことはいいとして、「なるほどですね」は、感動詞だと考えてみよう。「なるほど」だけでは丁寧さが欠けている気がして(感動詞に丁寧も何もないのだが)、「ですね」を付けたのでしょうか、「なるほどですね」。ちなみに、別の用法として、「なるほどなるほど」というのがあります。お客様の発言に対し、「なるほど」は失礼、「なるほどですねー」「なるほどなるほど」はOK。そんな空気を感じます。

ちょっと待て、「なるほど」に「です」を付けていいのか、という議論があるが、これは体育会系専用敬語、「ッス」(例:「先輩、ついにやったッスね!」)なんかと同じで、何でもありなんじゃないでしょうか。倉橋ヨエコが使ってるのを聞いて自分的に流行った語「どうもです」もまた然り。「あの映画、すごく良かったです」「僕も見たかったです」は正解でも、「僕も見に行ったです」が不正解なんて、わかるけど、却ってややこしいではないか。

ついでなので話を逸らすと、私は、その日(そのセッション)最初の挨拶は、昼であっても夜であっても「おはようございます」を使う。元はこの挨拶法、昼夜逆転などの色んな生活時間帯を持つ人が混在する業界において、「いつ出会っても“おはようございます”と言おう」的な運動に端を発していると聞いたが、「こんにちは」「こんばんは」は、それ以上丁寧な言い方ができないという理由もあるんじゃないかと思う(そう聞いたような気もする)。社長に「おはようございます!」とは言えても、「こんにちは!」とは言えない…ということです。

そう考えると、「おはよッス!」「ちわッス!」な感じで、「あ、どうもこんにちわです※3」「あーこれはこれは、こんばんわですー※3。いつもお世話になっておりますー」というのも、当然の流れとして納得できますね。

これでもまだ「なるほどですね」に違和感を感じる?

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▼この記事|| 2006/01/20(金)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)
ヒコーキ雲

いい飛行機雲に出会う瞬間とは、私がデジカメもアナログ(アナクロ)カメラも持っていないときに訪れるものである。でもケータイ依存症の私は、そんなときでもケータイは持っている。

その1は↓
http://nippercent.blog7.fc2.com/blog-entry-82.html

ウェブサイトと「ブログ」と、両方に記事が分散していたのだが、ウェブサイトを整頓して、くだらない記事は「ブログ」に移植した。過去数年間に渡り作成してきた文書(うち、あまりにくだらなすぎるという理由で抹消されたものを除く)が、このブログに終結。エントリ数が一気に360を超えた。1年間毎日更新している人に追いついた(そんなことどうでもいいのだけど)。こんなに人生の「無駄」を実感できる喜びを、今のうちに感じておきます。

暇で暇でしょうがない人は、古い記事を引っぱり出して読んでください。読む価値があるかどうかについては、発言を控えさせていただきます。

▼この記事|| 2006/01/19(木)| 試験放送| トラ(0) | コメ(2)

ドアです

見ればわかります。

「ご注意して下さい」というのは謙譲語であるから、お客様へ向けた貼り紙にこのような書き方をするのは大間違い、言語道断。正しくは…

と語ってもよいのだけど、最早「尊敬語」と「謙譲語」を正しく使える日本人は絶滅が囁かれるほどに少数派です。まあいいんじゃないの。いい気分はしないけど。そんなことより、なんかいいなぁ、と思って。ドアです。

▼この記事|| 2006/01/17(火)| 変なもの| トラ(0) | コメ(0)

さらば青春の光/Quadrophenia(1979、英)

ある種のネタバレ。

必死のジミーにステフがとどめの一言。

ブライトンなんて 遊びでしょ」(DVD字幕)
ブライトンなんて お笑いよ 面白半分よ」(LD字幕)

お笑い」!?お笑いだったの?あれ…。私の持っているLDの発売はたぶん1988年。私見ではあるけれど、21世紀現在の日本語語彙における「お笑い」という言葉の持つイメージが、エンタテインメントのある特定のカテゴリを指す言葉としてかなり濃厚に定着しちゃってる感があるため、この字幕にものすごい違和感を覚えてしまった。

肝心の原セリフは何て言ってるのかというと……私の英語聴解力では聴き取れませーん(泣)。「laugh」とか「giggle」とか言ってるようなので、LD字幕は、まんま直訳に近いようです。誰か正確なセリフがわかる人、教えてください。


しかし、何度思い返しても、ただ“Love reign o'er me”のフレーズが繰り返し繰り返し頭の中に流れ出します。The Whoのアルバムは聴いたことがないのだけど。

▼この記事|| 2006/01/16(月)| 映画| トラ(0) | コメ(0)

青い車(2004、日)

サニーデイ・サービスのシングル曲「NOW」(『NOW』ミディ、1997/09/26)みたいな映画だ。

先に解説しておくと、「NOW」という曲は、当初はサビの部分のみ15秒でパーペキに完結した楽曲として、ある種の天才・曽我部氏によって作成された。しかも、アレンジ等も含めわずか数秒で完成したという。それを、そのままでも良かったのだけど、音楽シーン的現実的常識観に照らし合わせた上でいちシングル曲としてCD化できるよう、後付でAメロBメロ等のコンポーネンツを用意し、3分超のスケールまで引き伸ばした。らしい。

予算が明らかに足りてない感は否めないのだけど、問題は予算でなく、予算の足りてなさを脚本やカメラワークや編集やその他個人技等で全くカバーできていない点である。まあそんなことは映画に対して言うべきものを持ち合わせていない私が言うことではないと思うのだが。観る前から、「多くの人がこの映画に対し非常に厳しい評価を下している」という情報を得ていたので、否定的に観始めたのは否めない。けど、改めてレビューを観てみると、絶対数は少ないものの、非常に高く評価している人もいますね。中間(どっちつかずの評価)は、ほとんど目に付かない。みんながみんな、すごく好きか、すごく嫌い。それって、クリエイターからしてみれば最高の栄誉ではないだろうか。

終盤、原作コミックと同じシーンが出てくると、そのカットのひとつひとつまでもが原作に忠実なのを見て、原作ファンとしては安堵し、感動する。けど、それは映画ファンもしくは映画に多大なる期待を寄せていた人からしてみれば、大きな失望に他ならない。あーあ。あ、私は失望する側の人間ではなかった。ま、いいや。あーあ。

そう、細かいことを言えば、小さな失望のひとつひとつなんてどうでもいいのだ。私が気になったのはただ一点のみ。その一点だけで、私はこの映画に(図々しくも)“駄作”の評価を下したい気分になった。

ヤツじゃなくて人!!

まあそんなのは原作崇拝者のたわ言でしかないのだけど。せっかく、映画で演じられてる人物像と原作で描かれている人物像が結構それなりに違うのだから、中途半端に原作と重なるシーンだけ原作に忠実にしてしまうのは実に中途半端だ。お!出ました「中途半端」の言葉。実に“どっちつかず”です。もっと原作を突き放しちゃってほしかったです。けど、別に突き放しちゃわなくてもいいです。

http://www.aoikuruma.com/

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▼この記事|| 2006/01/16(月)| 映画| トラ(0) | コメ(0)

当初は「ねがちょん」というタイトルの記事だったけど、それじゃあ何のことだかわからないので、改訂に際して、売れないポップス曲みたいなタイトルにしてみた。「ねがちょん」とは。否定=negation=ねがちょん。「否定」というマイナスイメージの言葉が、一転してポップで軽薄な響きの言葉に。ほら、言葉の「音」(おん)って大事でしょ。真面目にカタカナで表記するなら、「ネゲーション」「ニゲイション」等だが、実に馴染みのない言葉だ。

D島K平氏が某ラジオ番組のオープニングで、「1週間ぶりのご無沙汰です~」と毎週言っていたのはもう7年近く前(04年当時)のことだ。大好きな彼を否定する気は微塵もないが、ちょっと違うよね。今回はそんなテーマです。某人がこのことに頭を悩ませているのを見たので、ちょっと悩んでみた。勝手に引用します。

(「音沙汰なかった」とすべきところを「音沙汰だった」と間違って書いたことに対して)
ひとつに、「音沙汰」と言う言葉を使うとき、私の場合100%「音沙汰ない」という風にnegationとともに使い、その例外がないため「音沙汰」という単語だけで、自分の中で「音沙汰のないこと」を意味した結果、past-tense「-だった」を付ける事で「音沙汰なかった」と言う意味が成立してしまったのだと考えられる。
(piggy bank(http://diary.cgiboy.com/d01/051449/)より)

はたしてこんなことがあり得るのか。あり得ます。たとえば、「きもい」「きしょい」は、「気持ち悪い」「気色悪い」の(?)略された(?)形で、意味の方向を決定している部分を省略してしまってます。「きもちいい」はまあ普通にあるけど、ひとまず置いといて(後述)、「きしょくいい」とはまあたぶん言わないので、「きしょ」だけで「気色が悪い」を十分喚起させ得るわけですかね。わたくしは現代人じゃないのでいまいちこういう現代語の意味・用法・用量を把握していないのですが。

他にも、「何気に」「さり気に」。それぞれ「何気なく」「さり気なく」が変化したもので、思いっきり「ねがちょん」が取れてしまってます。「何気に」は、岩波国語辞典第六版でも触れられています。

なにげ【何気】 『―(も)無い』これといった考えもない。深い考えもない。特に注意せず、関心を示さない。…略…▽これの副詞的用法「何気無く」を「何気に」と言うのは1985年ごろからの誤用。
(岩波国語辞典 第6版 〈横組版〉、1963、2000)

だそうですけど。意外と古くからあるもんだ。1985年と言えば、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だ。お堅いイメージのある岩波さんだけど、この辞書は現代語に強い。例えば、「アウトレット・インストール・うざったい・花粉症・ゲノム・ダウンロード・デリバティブ」(帯より一部抜粋)なんて語が収録されている。「うざったい」の欄に「うざい」が載ってないのが残念ですが。まあそれはいいとして、「何気無く」と「何気に」って、何気に意味が全然違うよね。

何気無くあいつの方を見ると、教科書に顔を突っ伏して思いっきり居眠りしていた。しかも国語の教科書じゃないか。世界史の時間だというのに。いつもそんな調子なのだが、悔しいことにあいつ、何気に成績はいい。」

これはどう説明したらいいのでしょうかね。そう考えると、現代語の世界に完全には踏み込めていないという気がしないでもない。ちなみにこの辞書は、国語辞典なのに横組版!(縦組版もあります)という心意気に打たれて、発売とほぼ同時に買ったもので、別に現代語に期待したわけではない。

で、意味の変化は置いといて、「何気に」は誤用であると断言しているが、こういう現象は新しいものかというと、そうでもないらしい。例えば、「なのめ」という単語を古語辞典で引いてみよう。

なのめ【斜め】 …略…(1)ひととおりだ。平凡だ。ふつうだ。…(2)…いいかげんだ。(3)〔中世以後「なのめならず」の略〕格別だ。
(旺文社 古語辞典[改訂新版]、1960、1988)

もっとわかりやすい、わかりにくい例は、「おぼろけ」だ。

おぼろけ …略…(1)(下に多く打消の語を伴って)なみひととおりのさま。普通。…(2)なみひととおりでないさま。なみたいていでないさま。格別だ。「おぼろけならず」と同じ意で用いる。…
(旺文社 古語辞典[改訂新版]、1960、1988)

どっちだよ!という感じですね、まったく。けど、英語でも、「I don't never ~」と言った場合に、二重否定ではなくて否定を強調している場合もあるので、まあ結局「ねがちょん」なんてそんなものさ、ということでしょうかね。「I don't never want nothing but you.」ですよ。
[2004年3月15日]

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▼この記事|| 2006/01/14(土)| 日本語| トラ(1) | コメ(0)

スペランカー(アイレム、1985)

特定の方面にはすんごく有名なので、説明不要でしょう。知らない人は、とりあえず「スペランカー」で検索してみてください。知ってる人は、まあココ↓に行き着くでしょう。

http://www.spelunker.jp/

なんだか、やたらクソゲーと呼ばれて笑いの種にされている(というのを知ったのは、21世紀に入ってから。つーか、このゲームがそんなに有名だなんて当時は微塵も知らなかった)のだが、どこがそんなにおかしいのだろうか。ものすごく出来のいいゲームだと思うのだが。もちろん、ものすごーく評価している人もたっくさんいます。けど、純粋な意味で「名作!」と評価している人って、少ない気がします。こう、なんつーか、「ダサカッコイイ」じゃなくて、純粋に「カッコイイ」。無理しすぎ?

私はこのゲームに、ものすごく「デジタル」を感じます。ジャンプして着地したら死ぬ。じゃなくて、規定のドット数を超える落下はアウト。10人乗りは普通免許で運転できるけど11人乗りは大型免許が必要。線の上に点を定めることはできても点をいくら並べたところで線を導き出すことはできない。法と犯罪のイタチごっこ。音声はデジタルで映像はアナログというレーザーディスク。なんか人が根本に抱える解決不能の問題を照らし出して、解決の糸口を示すのかと思いきや冷めた目で笑い飛ばすような、私はそんな何かをこのゲームから感じずに(しか)いられない。
[2004年2月7日]

忘れもしません、ガキの頃、生まれて初めて遊んだTVゲームのうちの1本。といっても、昔からゲーム的に時代遅れだった私は、これを遊んだのも90年代ですけど。当時は、姉の方がうまかった。21世紀になって超~久々にやってみたところ、念願叶って(?)姉と肩を並べた(裏面6週目に到達)。というのも、上記サイトで、6週目以降の「鍵の取り方」を知って、再チャレンジしてみた結果だ。が、鍵がうまく取れずに死亡。以降試してみていない。

クソゲー処理概論
http://www.spelunker.jp/

FINAL FANTASY II(FC版/スクウェア、1988)

新事実!レオンハルトは、帝国軍によって左利きに矯正された!

ゲーム終盤で仲間になるレオンハルトは、左利きだ。しかし、ゲーム開始直後、「くろきし」との戦闘でのレオンハルトは右利きなのである。なぜなら、右手にブロードソード、左手にバックラーを装備している。そして、逆に持ち替えてみると、攻撃力が著しく下がる(その状態で仲間を攻撃してみたところ、ほとんどダメージを与えられなかったことから判明)。まあ単にフリオニールの能力データをそのまま流用しているから、というだけだろうが。
[2003年6月7日]

これまで、FC版で4~5回、FC版「I・IIセット」で2~3回、友人から借りたワンダースワン版で1回、クリアしたが、今回PSのリメイク版を手に入れたので、懲りずにまたやってみます。
[2003年11月29日]

「またやってみます」発言から2年以上が経った。未だにディスクをセットしたことすらないのだ。ソフト自体は、CD棚を見遣れば常に視界に入ってるのに。そのやる気のなさと、それでも失わない「いつかやろう」という意志。我ながらすごい。

MiniDisc!とか突然言われても困るのだが、とりあえず何か書きたい気分なので無理やりお題を決めて語るわけでした。MD。私は、それの登場早々に使い始めた人の一人だ。知っていますか?今や@98円くらいで手に入る74分MDが、当初は定価1700円となっていたことを(確か後に定価1300円に改定され、やがてはオープン価格になった)。古き悪しき時代。しかも当時のMDはやたらエラーを起こすのだ。その頃のMD(黄色で、両面不透明。今では珍しい)が1枚だけ現役でMDラックにあるのだが、74分MDのくせにトータル79分20秒と表示される。しかも、16曲録音したのに17トラックとなっている。で、再生してみると、2曲目に入れた「恋におちたら」(サニーデイ・サービス)が、2曲目と8曲目と、二度再生されるのだ。これは興味深いのでそのまま残してあります。もしかしたら曲の方に問題があるのか?曲の“ヘヴィーローテーション願望”が、気弱なコンポに…。閑話休題。思えばそのコンポも、購入から3年で一部調子悪くなった割にそれからさらに3年、無事に動いています。しかしMDLPの登場で、今その立場がかなーり揺らいできている。オーナーの懐具合によっては、買い換えられて、自身は田舎(実家)でのんびりした余生を過ごすことになりかねない。気に入ってるんだけどね、SONYのMD-77。
[2001年5月19日]

ここまでは前置き、ここからが本題。“MD”と言われて、書きたかったのは、そのケース問題である。CDは、ポリカーボネートの保護層によって記録層が護られているとはいえ、ちいさなキズひとつつけば中古CD店での査定額に響いてくる(データが記録されていない部分にキズが入ってても落ちるんだから、彼らの目は厳しい。収録時間の短いCDなんかは、円の外の方が思いっきりぱきっと割れていたって、内側が無事なら再生できたりするのに。円形じゃないCDだってあるでしょ。)という、とてもか弱い存在だ。それに対し、MDはどうか。四角い甲羅で大事に護られているではないか。ちょうどフロッピーディスクを思い出す。が、3.5インチFDは、ヘッドが直に触れる運命の、中の磁気層がぺらんぺらんで、その甲羅もMDに比べて薄くて弱い。簡単に折れる。いやそれを言ったら5インチや8インチFDの立場がなくなるけど。そう、MDは、ちょっと踏んづけちゃった程度では問題にならないかも知れない程は丈夫に出来ている。だから、持ち歩くときも、そのまま鞄に突っ込んでおいてもそんなに不安はないだろう。それでもちゃんとケースはあるのだ。だがしかし、何を思ったか、3.5インチFDのような開閉式のケースではなく(ごく一部のメーカーがFDケースの小型版みたいなのも採用していたが)、5インチFDのそれを樹脂製にしたような、スリップケースが採られたのだ。これじゃあ、そのまま鞄に突っ込んでおいたとき唯一不安だった「埃」対策としては(気分的に)ちょっとね。はて、じゃあ何のためにあるのだろう。「曲名を書くため」か。確かに、ディスク自体にインデックスを書くと、再生中に読めないから、そうかもしれない。が、MDラックというやつは、外ケースごと収めるものがほとんどなのに対し、携帯用のMDファイルなんかは、中身だけ入れるタイプがほとんどだ。だって、ケースはかさばるし、ファイルに入れれば埃からも衝撃からも保護されるから、必要ないし。ケースって何なんだろう。MDは、甲羅を背負ったディスクがケースに住んでいるのか、ディスクが甲羅のようなものの中に住んでいて、さらに外ケースで過剰包装されているのか。まあ、初期の、ネジで止めてあるやつでもなければ分解できないし、甲羅は体の一部と考えていいだろう。で、「曲名を書くため」には意味がありそうなケースも、MDLPの登場で、「その大きさじゃ収録曲全部のタイトル書ききれません」問題も浮上している(だったら初めからインデックスカードだけ持ち歩けよ)。てゆか、そうなると「もともとタイトルをディスクに記録できるMDにそんなもの必要ない」説も発言力が高まるし。MDは今、自身の落ち着く場所とはどこか、悩んでいる。
[2001年5月22日]

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ちょっとした昔話になるが、以前、小さな片手鍋を使っていた。ラーメン一人前でいっぱいになってしまうサイズだ。これの直径がまた小さいんだな。インスタント麺って、四角く固められてるでしょ。あれの角がちょうど入らなくて、少し削るか、ぱきっと半分に折るかしていたんだ。無理やり押し込むと、キュッとはまって、柔らかくなるまで浮かんでこなかったりして面白かったけど。そこへ来て、「明星チャルメラ」、何と丸型に固められている。11cmくらい。CDよりちょっと小さめ。こいつが元祖かどうかは知らないけど、とても感動した覚えがある。今はもうひとまわり大きい鍋を使っていて、あの頃みたいな感動を味わうことも減ってきた。でも忘れちゃいけない。ちょっとしたことに意味を見出すことで、人は感動できるんだ。

時に、ラーメンにキャベツを入れるの、どうして普及しないんだろう。CDくらいの大きさの(っていうとかなり大ぶりである)を何枚か入れるのが好きなんだけど。
[2002年6月2日]

上の記事を書いてから3年半。何となく調べてみてびっくり。「明星チャルメラ」は、2004年11月に四角形に変更されていた。

↓すべての答えがここに。
チキンラーメンは昔、長方形だった!」(R&S、Excite エキサイト ニュース、2005年07月20日 09時50分)

当初丸型だった理由も、私が思ったとおり。そして、私が鍋を買い替えて間もなく、他の理由を優先して四角に変更。時代とともに日本人の体格は大きくなり、クルマの全幅も排気量も大きくなり、ガステーブルも広くなり、鍋も大きくなった。小さい鍋を使う人も少なくなった。珍しく時代の流れに乗ってしまったようだ。

その4に書き足そうとしたら長くなりすぎたので別記事に。

某メーカーのフィルムヴェイン(伏せてるんじゃなくて、わからないのです)は、貼り付け位置が指定されてて、ヴェインの後端が「ノックの溝の底から1インチ」の位置に貼れ、と書いてある。Kプロの人によると、他のヴェイン(含Kスピン)もだいたい同じで良い、とのことなので、それに倣おうとしたのだけど…

その3で書いた通り、私は「Beiter Out-Nock」なんていうマイナーなものを選択した。このノック、ノックベッド(溝)の底からシャフトの後端までが14mm(サイズ違ってもほぼ同じ)あります。さらに、シャフトにかぶさる部分が14mm(「5,2」の場合。サイズによって違う)。都合28mm、既に1インチを超えています。よって、溝の底から1インチの位置にヴェインを貼ることは最初から不可能なわけです。いやーこれこそOut-Nockが流行らない理由…ではないと思うけど、「主流」から外れると、色々なことが起こります。

ちなみに、同じBeiterの「Insert-Nock」だと、溝の底からシャフト後端までの距離は8mm。EastonのGノックでは、6mm。随分違いますね。さらに、A/C/Eはポイントの長さも何種類かあるので、組み合わせによって矢尺が1/2インチくらい変わってしまうという。良いんだか悪いんだか。

たしかヴェインの位置は、リリースに支障がない範囲でできる限り後ろ寄りに付けるのが、理屈の上では理想なはず。要するに、前後位置の調整で何かを変化させる余地が残っているというわけなので、真実の探求者は、ベストな位置を探るべく挑戦してみていただきたい。

▼この記事|| 2006/01/12(木)| 洋弓| トラ(0) | コメ(0)

月とキャベツ(1996、日)

若干ネタバレ気味

花火が最後にうたう歌が、ヒバナへの想いを重ねて歌ってはいるが、その歌(歌詞)そのものは、あくまで花火が(ヒバナの協力?もあってかもしれないけど)完成させた、アーティスト花火としての新曲であって、それ以上でも以下でもない、という点で非常に良くできたエンディングだ。非常に良くできたエンディングに持っていくまでの過程は、終わりよければなんとやら、だ。

片手間的に観ておいて何ですけど、その意味では、花火はヒバナの髪に触れて抱き寄せるくらいで留まっていてくれてもよかったのだが、別に留まっていてくれてなくてもいいです。

気になっているのは、ヒバナのウォークマン。台風直撃の悪天候の中土砂崩れに巻き込まれてもなお回り続けていたという(時代的・雰囲気的にカセットテープだろうなぁ)が、こいつ、防水のタフなやつだったのだろうか。これが、防水のタフなやつであることを祈ってやまない。だって、もしこの発言が、理人プロデュースの、詩的な表現(別の言い方をすると、言葉のあや)だったとしたら、まるで映画のセリフみたいに思えてしまって一気に気分が冷めてしまう。もしくは、カバンが耐水性のある生地で、奥の方に入っていたウォークマンはたまたま…とか考え出すと何だか生々しいので遠慮したい。田舎の町を出てこれから東京へ向かうというのだから、電池も満充電に近い状態で…発見されたのは事件から何時間後…はい、もうやめましょう。
[2006年1月8日]

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▼この記事|| 2006/01/07(土)| 映画| トラ(0) | コメ(0)

2006年初頭。「まるっと」という言葉は辞書には載っていない。けど、テレビやネット上で完全に市民権を得た言葉としてよく見聞きする。突然この言葉に注目した理由というか原因を忘れてしまったけど、何かの理由で突然気になった。で、調べようとしたのだが、この言葉に言及している記事が全く見受けられず、さらには実例もあまり集められなかったため、諦めた(それって本当に市民権を得た言葉か?)。とりあえず、「気になった」ということだけ記録しておいて、良い実例に出会ったらまたそのとき調べよう。
[2006年10月23日]

▼この記事|| 2006/01/07(土)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)

どっちなんだよシリーズ2 「シングルレバー水栓のON(吐水)とOFF(止水)」

シングルレバー水栓の、上下ON/OFFタイプのみに関する話です。さあ書こう、と思って軽く調べたら全てが完結してしまった。

  1. シングルレバーのレバーハンドルを上にあげると吐水(上ON)、下にさげると吐水(下ON)の違いは何ですか、またどちらが使いやすいのですか
  1. A.操作方法が異なるだけで本来の機能・使い勝手は同じものです。ご参考までにJIS規格(JIS B 2061)によりシングルレバー混合水栓の開閉操作方法のうち“下ON(上げ止水方式)”は2000年3月31日をもって廃止されています。
TOTOお客様相談室 水まわり商品のQ&A

ちょっと<OL>タグを応用してQ&Aを表記してみたけど、邪道でしょうかやっぱり。それは置いといて、JISの本文は見てませんけど、最初に検索していたら以下の文書(文字通り文書。DOC形式だもん)がヒットした。

b.操作ハンドル・操作レバーの操作方向は、以下のとおりとする。
①操作ハンドルの開閉ねじは右ねじとする。ただし、胴の左側にある操作ハンドルでレバーが付いている場合は、この限りでない。
シングルレバー式の吐水操作は、上下方向で開閉を行う場合は上吐水方式とする。ただし、当分の間は、下吐水方式としてもよい。
③2バルブ式の操作ハンドルは、向かって右側を水、左側を湯とする。
④シングルレバー式の温度調節は、左右方向で温度調節を行う場合は向かって左方向を高温側とする。

(財)ベターリビングBL認定基準適合確認自己チェックリスト(湯水混合水栓)(doc))

そして今度は<OL>タグを使うことを端から放棄しているという、このいい加減な文章構成。それは置いといて、私は、この規格が6年近く前に統一されちゃってるのも知らなかったもので、なぜなら私がよく利用する水栓のうちのいくつかはJIS規格と逆で「下ON」の方式だ。確かに不自由は感じない。まあ、両方の方式が混在する環境(実際にありました)だと激しく間違えるけども。

個人的には、感覚的な問題で言えば「下ON」の方が理に適っている気がする。ポンと押すと出て、クイッと引くと止まる。うん、擬態語(擬音語とも言えるか?)にしてみても、何となくしっくり来ませんかね。何の根拠もないとものすごーく説得力がないかもしれないけど、ここはひとつ、ひとりですごーく納得させてください。

しかし、「下ON」には大きな欠陥がある。それは、「出しやすく、止めにくい」ということだ。まあ、水はそんなに危険物ではないけど、熱湯を扱う場合もあるわけだから、「止めやすい」ことは非常に重要だ。ここで他の器具のON/OFFの例を挙げればいいのだけど何も思いつかないのでカット。それ以前に、なぜ「レバーを下げる=止めやすい」かということは…まあいいや。そういう理由で(もあって)、こういうことになってるんじゃないでしょうか(推測)。

あと、上記の理由とは直接関係がないけど、以前から思ってる話を書くと――台所の水栓の上というのは往々にして物が吊るしてあったりする。おたまとか、台所バサミとか。それも、吸盤フックとかで。そんな、何らかの拍子で落ちちゃいそうな物が、何らかの拍子に落ちちゃって、しかもそれが長期の留守中だったりすると、水道代がちょっと悲惨なことになったり…って、そこまで考えてませんかね。考えますよね。

ものすごーく個人的な意見ですけど。

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