日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

since apr.01,2005

 
<!>ここでは過去の日付に新しい記事が追加されることが少なからず、というかかなり頻繁にあるので、暇な人は「新着」に騙されないように掘り返してみてね。
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TAXi/タクシー(1997、仏)

いいですねぇ。リリーがとっても素敵だ。じゃなくて、いやそれもあるけど、クルマ好きにはたまらない映画だ。と、言いたいですが、これはクルマ映画ではないよな。フェラーリとポルシェじゃなくて、メルセデスとプジョーというのがたまらなくよろしい。なんというか、よしもとよしとものコミック『青い車』(イースト・プレス、1996)に出てくるのがカローラであることとは、まるっきり意味合いが違うけど、同じくらい、よろしい。でもあのカローラはタイトルからしてやっぱり青いんだろうなぁ。いやあのタイトルは某バンドの某曲から採っただけで実は関係ないのか。でもな、なにしろ白い絵を書く人なので青い車も白く書きかねない。って何の話をしてるんだろうか。

まあとにかく、これはクルマ映画じゃない。タイヤが張り出して、前後にスポイラーが出現して、ハンドルをマニュアル操作で交換して…。明らかにクルマ映画じゃない。でも、私がクルマ映画に求める重要な条件の一つ、「クルマたるもの空を飛ぶべからず」というのをギリギリクリアしているので、私は大満足で見始めて、大満足のまま見終えることができるのである。

しかし普段英語か日本語の映画しか見ることのない私のような人種にとって、このフランス語の響きが心地よい。好きじゃないつもりでいたはずだったフランス語の響きが心地よいなんて、事件だ。メルセデスが重力に逆らって空中を平行移動するのと同じくらい事件だ。字幕を削って見たら違うジャンルの映画に見えるのではなかろうか。あ、フランスフランスって、んで敵がドイツって、それだけじゃない。よく見たら、スクーターの群れの中に数台のベスパが混ざっていた。よーく見てないので車種までは知らん。P系とそれ以前のラージボディだったと思う。スクーターにリバーススイッチが付いている世界で、ぜひともがんばっていただきたい。

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▼この記事|| 2003/11/30(日)| 映画| トラ(0) | コメ(0)

ちょっと昔の話である。まったく、モノというのは子供と同じで、管理する人がいないとひとりでに散らかったりどこかへ行ってしまったりするものらしい。クラブの備品の中に、今ではどれが何なのかわからなくなった大量のアルミ矢がある。そこを漁っていたら、EASTON X7の古いやつが出てきた。しかも自分にちょうど良い長さとスパイン。これは使うしかない、ということで本数をかき集めたのだが、1本だけ違うポイントがついているものがあった。なんじゃこりゃ、ということで使わないでいたが、ポイントを付け替えれば使えそうだということで、プロショップに持ち込み。

しかーし、ショップのおじさんにポイント外しを試みてもらったが、抜けない。どんなに温めてどんなに引っ張っても抜けない。アルコールランプでは埒が開かんので、ガスコンロまで使用して、決死の覚悟で挑戦、やっと抜けた!けど、なんかザラザラしてる。サビとも違う。ん?とか言ってポイントの抜けた矢の先ををテーブルにトンってやったら、ザーってが出てきた。

弓歴の長いおじさんは、こんなことがあっても驚かない。前使用者が、ポイントが抜けているのに気付かずにこの矢を射って、当然のことながら大外しして矢は地面に刺さり、中に土が詰まったことにも気付かずに、その辺にあった適当なポイントを付けた、と推測されます。しっかし、ポイントが抜けているのに気付かないところと言い、種類の違うポイントを付けるところと言い、一体どんな人が使っていたのであろうか。

▼この記事|| 2003/11/29(土)| 洋弓| トラ(0) | コメ(0)

冬は寒いから、あまり練習する気になりません。何せ、もこもこした服装はできないわ、手袋はつけられないわ、その上突っ立ってるだけであまり動かないわで、こんな過酷な状況ってありかよ。そこで、ウインドブレーカーの、押し手側だけ脱いで、遠山の金さんルックで射つ人が多いが、K氏はこれを「カッコ悪い」と全面否定。ああ、やはり寒さに耐えるしかないのだろうか…と絶望に浸ったその時。

目の前を一台のNSRが駆け抜けた。そうだ、それだ。薄くて保温性のある服があるではないか。でも、ヒジにパッドが付いてたりして、実際にはちょっと窮屈そう。アーチェリーで激しく転倒するなんて、矢取りで走ってロープに思い切り足引っ掛けた時くらいしかないもんな。意味ないよな。やっぱこれはダメかぁ。

再び絶望に暮れたその時、目の前を一台のVMAXが走り抜けた。某ハーレー屋のおじさんが絶賛し、自らも一時期(ハーレーを差し置いて)乗っていたという名車だ。そうだよ、それだよ。あのぴっちりしたレザージャケット。寒さと隣り合わせの彼らの知恵を、今洋弓界に応用する時がきた。でもなぁ。皮って、ものによっては動きにくそうだしな。何よりスポーツの格好じゃない、仮にアーチェリーがスポーツであるなら…。諦めるか。

ん、スポーツならいいのか。それなら、体にフィットしてて、動きやすくて、寒さに強いものがいくらでもあるじゃないか。スキーの競技用スーツとか。うん、アーチェリーバイアスロンならともかく、普通のシューティングレンジで着たくはないだろうな。

▼この記事|| 2003/11/29(土)| 洋弓| トラ(0) | コメ(0)

スーパーマリオブラザーズ3(任天堂、1988)

もちろんシリーズの他の作品も遊んだが、これが一番だ。操作性、難易度、ボリューム、すべてが云々…と語ってもよいのだが、たぶんそういうことじゃなくて、単に一番ゲームゲームしている年頃がこの「3」だったのだろう。と片付けてしまいたいのだが、一番よく遊んだのは、「3」の全盛もゲームゲームもとっくの昔に流れ去った後だった気がする。

で、その一番よく遊んだ時代というのはスーファミでリリースされた「スーパーマリオコレクション」(1993)を手に入れてから。「コレクション」に収録されてからは、セーブ&ロードもできるし、アイテムを持ったままステージ選択できるようになったので、楽しみの幅も拡がった。が、“カエルスーツでクッパを倒す”という課題が未だにクリアできていない。

しかし、ニンテンドウというのもまたすごい社名だよな、と今更ながらに思ったりするわけである。
[2003年6月9日/2003年11月29日]

任天堂>マリオヒストリー>スーパーマリオブラザーズ3
http://www.nintendo.co.jp/ngc/sms/history/sm3/

ぷよぷよ(コンパイル、1991~)

落ちものゲームに才能を発揮することがわかったのは、中学生くらいの時だ。PC98用のぷよぷよを手に入れたときだ。実は正規版ではなかった気もするがたぶん気のせいであろう。早い話このゲームにかなり入れ込んで、上達した、というだけである。後に「ぷよぷよ通」が発売され、念願だったNEXTぷよのさらにNEXTぷよが表示される仕組みが現実になったが、プレステをはじめいわゆる“次世代”ゲーム機が誕生した頃にようやくスーファミを手に入れたようなゲーム遅れ人間の私にはあまり縁がなかった。某ストIIターボというゲームで、ただの1勝すらさせてもらえなかった(本当)友にも、ぷよぷよで負けることはただの一度もなかった(本当)。田舎には張り合いのあるぷよぷよマニアがおらず、わくわくするような戦いを味わうこともないまま、今はただ錆び付いた腕と、別の友人がくれた「すけとうだら」の縫いぐるみが部屋で埃をかぶっている。
[2002年4月16日]

これまで遊んだのは、『ぷよぷよ』(PC98)、『す~ぱ~ぷよぷよ』(SFC)、『ぷよぷよBOX』(PS)。「とことんぷよぷよ」の自己ベストはPC98版で出した15,000,000点くらい。昔はヒマだったなぁ。
[2003年11月29日]

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デモリションマン/DEMOLITION MAN(1994、米)

スタローン作品は子供の頃からよく見た。この作品は、LDが中古でx00円まで値下がりしているのを見て、かわいそうになって購入。が、これはまあx00円の価値と言って良いだろう…。

ひとことで言うと、前提となっている設定が不明すぎて、ツッコミ所ばかりが目についてしまい、娯楽映画としての面白さやアクションの凄さなんかが消し飛んでしまっている。こんなデリケートな設定を安易に持ち込んではいけなかったんだきっと。地下社会でネズミバーガーを売ってたおばちゃんがスペイン語か何か(わからんけど)をしゃべってるのも、なんだかなぁ。

2010年に相当な規模の地震があったそうだが、そこからわずか22年で、犯罪も何もない完璧な世の中(でも、更正プログラムを脳に送り込むなんて芸当ができるのに、下品な言葉を撲滅せずに禁止だけしているあたり、やはり「完璧」に対する抵抗意識があったのだろうか。で、サン・アンゼルス市以外はどうなってるんだ?)を創り上げるとは、あの黒幕みたいな男は一体どんな魔法を使ったのだろう。ほんの2、30年前の武器や車が、博物館にしか残っていないなんて。映画が作られたのが1993年、わずか3年後の1996年に、あんな安易な方法で人間を冷凍保存するシステムが実用化されているのだから、まあ現実とは別軸と考えてもいいだろう。文明の「発展」速度が早いのか、時間の重みが違うのだきっと。

それはそうと、ハイテクな落書き機械を持っている割にどこか原始的な、広大な地下社会が真下にあって、たまに地上に出ては食べ物を略奪しているというのに、警察にはそれらに対抗する力が全く、微塵もないなんて。そんなこと言っても映画の設定なんだからしょうがないんだけど、でも「更正プログラムをいつ犯罪者に入力するのか」等、描いてほしかった、いや描くべきであった(けど描かれていない)部分は多い。多すぎる。

唯一の、そして大きな収穫は、劇中にシュワちゃんの名前が出てくる所。『ラスト・アクション・ヒーロー』へのお返し(どっちが先か知らないけど)みたいで温かい気分になった。見た甲斐があった。


ひとつ気になったところ。復帰直後のスパルタン刑事が同僚に挨拶した際、字幕では「健康に関するあいさつは なしよ」と注意されていたのだが、コンテクストから判断するに、身体を接触させる挨拶はしない、ってことじゃないのだろうか。“we are not used to physical contact greetings”(明らかに文法成り立ってないけど聞き取れないので許してね)って聞こえるのだけど。ちなみにLD版の字幕。

▼この記事|| 2003/11/29(土)| 映画| トラ(0) | コメ(0)

ハイ・フィデリティ/High Fidelity(2000、米)

原作:ニック・ホーンビィ。たまたま某書店で、新潮文庫の新刊の平台にあった「耳」とタイトルが目について、気になっていたのを、しばらくしてようやく買う気になって買った。で、読んだら何とも形容しがたい気分になった。どうしようもなかった。手遅れだった。映画化されると聞いて、それで映画を見たのだけど、原作と対比した場合でも、原作と切り離した場合でも、おもしろいと思う。どうしようもなく落ち込んだ時に見ると元気が出てきたりしないし、ものすごくハッピーな気分で見ても水を差されない。気分を盛り上げも盛り下げもしないで、現状でどーんと押し付ける。
[jun0703/jul1703]

そもそもだね、このわたくしが、小説で面白かったのが映画化されるからってわざわざ映画館に見に行こうと思うあたり、異常だ。考えられん。特に言いたいことはないのだが、あえて言うなら、映画化にあたって、作品本来が根底に持っている、「どーん」という感覚を損なわずに、よりヒップでポップで馴染みやすくなった。そんな気がした。舞台がイギリスからアメリカに大転換しているとか、そんなことはどうでもいい(はっきり言って違いがわからん)。栄養ドリンクじゃないけど、効力を極力落とさずに、飲み口がよりやわらかになりました。

▼この記事|| 2003/11/29(土)| 映画| トラ(0) | コメ(0)

フィールド・オブ・ドリームス/FIELD OF DREAMS(1989、米)

すごく昔に見て、ぼやーっとした「印象」だけが残っていたのだけど、改めて見てみたら、ぼやーっとした映画だった。つまりわたしの記憶に間違いはなかった。いろんな人が言ってたり言ってなかったりするが、これは野球映画ではない。往年の名選手なんて知らなくたって、そもそも野球のルールなんて知らなくたって、それはこの映画とは何の関係もないのだ。それでも、野球好きじゃないから面白くなかった、という人は、きっと何かを見落としている。いや、何か見えてはいけないものを見ている。そうです、人間の目というのは、目の前にあるものを正確に映しているとは限らないのです。適当に補正したりなんかしている。

なんかうまく言えないけど敢えてうまく表現するとしたら、映画を見ているのではなくて小説を読んでいるような気分だった。つまり、字幕を読むのに精一杯で映像を見れなかった?それとも映像という名の活字から想像を膨らませて見ていた?小説ってぼやーっとした印象だっけ?

ガチャッ、パキッ、スパッ、といったわかりやすいものを好むわたしとしては、通常こういう世界には入り込まず、余計なことを考えるものだが、こいつに関しては、最後の最後まで、無心で見ていた。最後の最後に、たくさんの人々が、お金を払ってこれを見に来る、そのヘッドライトの行列までは。あれ、どこに駐車するんだろう。ふつうスタジアムの周囲は、本体面積の何倍もある駐車場になっているよな。ということは、駐車場を作るために畑は全滅…いやいや。

▼この記事|| 2003/11/29(土)| 映画| トラ(0) | コメ(0)
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