日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

since apr.01,2005

 
<!>ここでは過去の日付に新しい記事が追加されることが少なからず、というかかなり頻繁にあるので、暇な人は「新着」に騙されないように掘り返してみてね。
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釣り銭というのは、なかなかのくせ者だ。いや何のことはない、それ自体は、ただ預かり金額から商品の価格(+税)を引くだけだ。レジの外側から見ていると、そんな簡単なことがどうして、と思えるのだが、一度レジの内側に立ってみると、どういうわけか高度な計算に思えるのだ、これは。

私を含めある種の人は、代金を払うとき、釣り銭がスッキリするように手持ちの小銭を出す。変な例を挙げると、457円に対して1012円とか。これによって、財布が膨れるのも防げるし、店の方も小銭不足になりにくくなって一石二鳥だ。が、それはあくまでレジがちゃんと機能していればの話。機械は計算を間違えないが、人間はそうはいかない。預かり金額を打ち間違えることが多々ある。私が1000円を渡した某飲食店のレジ担当者さんは、「0」と間違えて「00」キーを3回押したため、「アズカリ1,000,000 ツリ999,517」と表示されて大変戸惑っていた(よくある話)。私は笑いをこらえるのに必死だった。いつもは、機械に表示された金額をただ返すだけである。ところが、1012円の預かりのところを誤って10120円と打ち込んでしまったりすると、機械には9663円と表示され、頭の中は真っ白。これはもう、いつも機械に頼っているのだからしょうがない。レジにちゃんとした機械がありながらも、然る事情で釣り銭の計算を人力で行っている某パン屋さんの従業員などは、きっと頭の回転がいいんだろうな。

やはり、バイトを探すときは、時給以上に収穫がある職種を選ぶといいだろう。私は、消費税(5%)を足したときにきりのいい数字になるよう設定された本体価格を覚えてしまった。

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Goodspell/浅田祐介
(フォーライフミュージックエンタテインメント、1998/02/21)★音楽―アルバム

●ビジュアル

ジャケットの絵は、実に趣味がよろしくない。なんつーか、シュールレアリスムからリアリティーを取り払うとこうなりますよみたいな(違うだろ)。まあ次作ではあらゆる面で逆のデザインになってるみたいだから、いいだろう(何が?と言ってはいけない)。裏を見ると、14+1もある曲(短~いトラック含む)のタイトルが、(おそらく)全部違うフォントで書いてある。で、その中に「八口一」って曲がある。ハチクチイチ?聴いてみれば「ハロー」だってことが解るが、あえてこんなバカなことするあたりには全く頭が下がる(それよりも、聴いてみるまでしばらく「ハチクチイチ」って何だろう?と悩んでいた自分に頭が下がる。バカ?)。

●歌詞
言っておくが私は彼の書く歌詞が好きではない。なんつーか、婦人誌に毎月1ページ連載を持っているような感じが。傷付いてないのに癒されようとしている感じ!みたいな。でもよくよく読んでみると結構面白いこと歌ってもいるような。ええ、実は、歌詞に関して思うことは大してないのだ、芸術点では特に。ただ、技術点ではいくつか気になるところが…。

でも それでいいさ 前に進もう Yeah 胸の高鳴りが終わらない前に…”ってのはどういう意味だろう。“前に進みさえすれば望み通り終わるはずの高鳴りが終わらなくなっちゃうから、そうならないうちに進もう。”か?それはかなりひねくれています。あ!“に進もう 胸の高鳴りが終わらないに…”ってことか!合点。

英語詞の「Circus」など、何て言ってるのかさっぱりわからないけど、はまってる。日本人アーティストでは稀だと思う。彼は英語に長けているのだろうか。でも…。たった今気付いたんだけど、「八口一」の歌詞に、"Hello tommorow, ~"って書いてある。これは致命的だ。元受験生はそういうとこにうるさいんですよ。

●音

何だかんだ言って、本当にいいを作り出す人だ。まあ、当時も今も、時代をリードしてる感は全くもってゼロではあるけど。“楽曲”じゃなくて、ちょっと“音”を聴いただけで引き込まれてしまう部分さえある。心地よく響く音色を知っているのだ。それがただのシンセオタクならまだしも、さらに色んな楽器をあやつるときた日には、こんなむかつくことはない。マルチアーティストっていうのはこういう人を言うんだぞ的な何かを感じる。声はさておき(嫌いじゃないけどさ)。そういえば、彼が編曲を手がけた某アーティストのベストアルバムでは、一辺倒なやり方に少し飽きたが、このアルバムでは割と幅を見せている。自分用に取ってあったの?いやな奴だなぁ。

●全体

以上から分かるように、寸分の隙もない、とてもよくできたアルバムだ。唯一の問題は、彼が「新しい言葉が欲しい、信じられなくてもうなずける何かが。」というキャッチを思い切り前面に打ち出している点である。どのくらい問題かというと、KAN『めずらしい人生』のオビに「一番大切な事は愛する人に愛されてるかどうかということだ」と書かれているのと同じくらいといえば解っていただけるだろうか。解るわけないね。
[2002年4月25日/2002年6月2日 改訂]

がんばってリバイズしましたが、元の出来が悪い文章は、どんなにいぢっても良くなりません。最初から書き直したほうがいいな。遠い将来に。
[2006年1月15日]

▼この記事|| 2002/06/02(日)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

エレクトリック・ドーナツ・ショップ/アップル&ペアーズ
(ポリスター、1999/04/01)★音楽(アルバム)

2002年2月25日、某コンビニの店内にて、このアルバム収録の「ずっとずっと」(99年3月3日発売)が流れたとさ。歴代第2位の感動的オンエアだった。イントロが流れたとき、どっかで聴いた曲だぞ、と思った。そしてイントロが終わるとまったく同時に、それが何の曲であったか思い出した。頭の中で流れ出した歌と、店内のスピーカーから耳に入ってくる歌が完璧にシンクロして…あーもうすばらしい。ちなみに歴代1位は小林建樹。

さて、彼らの1stは、『りんごとなし ~略~』:ジャケットに関しては拡大コピーを部屋の壁に貼るほど好き。内容はと言えば、ゴールデン・ポップスオールディーズ?何ともなじみの薄い世界を紹介してくれた大事な1枚だが、「まずは挨拶がわり」(オビより)くらいに受け取っておいた。そんな前置きがあって、この2ndだ。曲間のブランクが短い。日本人は「間」に美を感じる民族だってことを忘れたのか!忘れた。完璧なまとまりを成しているのに同じに聴こえない、そんな楽曲群に聴き入った私は、各々の曲名を覚えるという作業を完全に忘れた(つまりは、どの曲が好き?と訊かれても困る)。一部で“無意味”と嫌われるベストセレクション盤を除いて、アルバムってのはこうあるもんなんだぞ、ってことさ。ドーナツ盤から受け継いだ知恵を語ってくれたこのアルバム。しかし、私はエレクトリックな時代というよりも、デジタルな時代に生きている人間だと思うのだが…?

ところで私は、曽我部氏のギターが語る真理は信じなくても、彼らのギターなら信じられる。実際はどうあれ、単純なコード進行でキャッチーな曲を作りたいと思っているらしい彼らである。が、中途半端なところで解散してしまったようだ。もう少し続きを見たかったなぁ。
[2002年2月26日/2002年6月2日 改訂]

▼この記事|| 2002/06/02(日)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

済みません、って、よく使う。由来は、「自分の気持ちが片付かない」とか、そんなところ。「申し訳ない」は文字通り、弁解の余地はありません、と、謝っているらしい。

仕事場でのこと。電話が鳴った。
S君は「ありがとうございます、XXX○○店です
と、「すみません、間違えました」と女性の声。
S君は思わず、「はーい、すみません、どうも」と答え、受話器を置く。

日本語を学ぶ日本語圏外の人(というか、ここでは英語圏の人)は、「すみません」でつっかえるらしい、って、この話どこで見たんだかもう忘れた。「すみません」は"I'm sorry"だろうか。いや、"Thank you"の意味に使われる事の方が多いのだ、と。でも実際使っている現場では、もっと曖昧かつ多様ではなかろうか。

すいません、ペン貸していただけます?頼む(?)
はい…すいません、こんなのでいいですか謝る
あ、どうも、すいません。感謝する

とまあ。“感謝しているのだけれど、相手に面倒をかけたことに対して謝る意味で、「すみません」”とか、そんな感じでよろしく。が、実際、別に意味もなく使っているのではないのか。あ、“表面的な礼儀”だとしたらそれは立派な意味か。さて、何で貸す側まで謝るのか?大した物を貸すことが出来ずご免なさい。「貸せ」と言っておいて、こんなのしかないの?と返す奴もないだろうが、礼儀で。

ちなみにS君は、特に考えもせず咄嗟に「すみません」を使ったが、意味を考えるならば、「あなたが用事があって電話をかけたのに、私は貴方の求める相手ではなくて(つまりお役に立てなくて)ご免なさい」といったところか。何もそこまで理屈を並べ立てるをしなくたって、さ。御尤も。
[2000年12月]

でもさー、由来が「自分の気持ちが片付かない」であるなら、いくら感謝しても足りないよー、という意味で、「すみません」。それでいいのでは。まぁ実際は、感謝の度合いを比較すると、「ありがとう」>「すみません」っぽいから、そうもいかないんだろうが。

▼この記事|| 2002/06/01(土)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)

招かれざる相手からの電話、とまでは言わずとも、積極的に話したい!と思えない相手との電話が長くなると、苛ついてくるわたくしである。心が狭いと言われればそれまでなので言わないように。関係ないけど何でこの携帯電話は、何度やっても「でんわ」の変換候補に「出んわ」が先に来るのだ?「出来ん」等、語尾が「ん」の否定形は変換されないくせに。さて、極度の電話恐怖症だった昔を思えば、だいぶマシになったが、電話嫌いはどうにも抜けないようだ。こんなわたくしと問題なく長電話が成り立つあなたは奇跡そのものである。電話以外では、問題は起こらないのだ。直接会っては、友達と恐ろしく長い時間話し込むこともしばしばである。

とある本に、男性は一度に二つのことができない、と書かれていた。いやまったくその通りである。私は、自転車に乗りながら色々なことをしたがる。食べたり、飲んだり、聴いたり、話したり、考えたり。しかしそれは言ってみれば例外であり、普段は、頭を働かせようとしてCDプレーヤーを止める有様だ。なのに、一方では手持ち無沙汰を嫌がるのだ。電話で話しているとき、聴覚以外の感覚は暇である。ところが、それを利用して他のことをしようと思うと、これがなぜだか、まるでできないのだ。どうやらこの、なんか無駄があるような気がするんだけどどうにもならない状態、これが長く続くのが嫌らしい。

もうちょっと器用な人間になりたい。「片手間にするのが/何か好きな僕は パンをかじりながら/悩みも聞けるのさ(『ハーフ・サイズ』byアップル&ペアーズ、詞・曲:岡田純)。いい曲だ。

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