日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

since apr.01,2005

 
<!>ここでは過去の日付に新しい記事が追加されることが少なからず、というかかなり頻繁にあるので、暇な人は「新着」に騙されないように掘り返してみてね。
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愛したあなたは強いひと/ACO
(作詞・作曲:ACO)

ACOの音楽との出会いの曲。某コンビニで流れているのをこの両耳がキャッチしたのだ。が、誰の曲か分からない。訊いてみてないが、アルバイトの店員さんに訪ねても分かるはずないだろう、店員さんが操っているものではないから。手掛かりは、唯一聴き取れた「~あなたはつぅよいっひとぉっ」という一節のみ。無理だー探せねー、と思ってたその時、いつものように某中古CD店を見ていると、「愛したあなたは強いひと」なんてシングルがあるではないか。もう疑いもなく「これだ!」と信じたね。歌詞そのままのタイトルと、50音順でかなり前に位置する名前が、私をこのアーチストに出会わせてくれたのだった。ところでこの曲、彼女にしてはめずらしく一般うけしそうなキッチュなメロを持つ曲だが、って、そんなこと言って何を好きになってんだよう、ねぇ。

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▼この記事|| 2001/02/01(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

歌うたいのバラッド/斉藤和義
(作詞・作曲:斉藤和義)

彼の音楽との出会いの曲。昔「バーゲン野郎」として有名だった某人がキャスターを務める某ニュース番組のエンディングとして流れていたのだが、誰のなんていう曲なのか分からない。それが確か、彼自身のCMをたまたま見て、あーこの人だったのか、という具合に知ったのだと思う。それでちょうど発売の『Because』を買い、まだすんなり手に入った方。この人も手放しでは受け入れ難い音楽をやる人だ。共感し兼ねる歌詞を書くし。でもこの曲は、コード進行がありふれてないわりに美しいメロを持っている、類希なる名曲であろう。

▼この記事|| 2001/02/01(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

恋におちたら/サニーデイ・サービス
(作詞・作曲:曽我部恵一)

これのシングルを買っていた頃は、サニーデイが何なのかまるで知らなかったな。じゃあ今は知ってる、てわけではないが。この曲を聴き込むと、「ここがちょっと…」「ここがどうもなぁ」と、そんな事ばかり思うのだが、それでずーっと聴き続けているのはなぜだろう。

▼この記事|| 2001/02/01(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

スロウ/Grapevine
(作詞:田中和将、作曲:亀井 亨)

彼らの音楽との出会いの曲。これがメジャーになった曲だろ?CM流れてたし。そのCMで、すれすれにギターが降ってくる映像が恐くて、すごく印象に残った。やられた。思いきり宣伝に乗せられてるじゃないか、このやろう。そういえば、その後某音楽番組で演奏しているのを見たな。何言ってるのか分からない、それが第一印象だった。その不鮮明なというか、クセのある歌い方が大いに気に入ったのだけど。そういえば第二弾、SONYの高音質ステレオイヤーレシーバーMDR-EX70SL初体験の時に聴いたのがこの曲だ。あの、イントロのハイハットが響いてきた時の感動といったらもう。この音質に慣れてしまった今ではもう味わえない。しばらく付属品の安っぽいイヤホンに戻してみるか。

▼この記事|| 2001/02/01(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

いつもだれかに/サニーデイ・サービス
(作詞・作曲:曽我部恵一

サニーデイの音楽との出会いの曲。当時よく行っていた名古屋のHMVで、無料配布していた『SOUND DICTIONARY NO.0001』なるカセットテープに収録されていたのだ。それも曽我部氏のコメントとともに。が、クレジットに「若者たち」と記されていたので、この曲がそういうタイトルなのだと思いこんでしまった、かどうかは覚えていない。もしかしてあのテープ今や貴重品だろうか。部屋をあさっていたら『SOUND DICTIONARY NO.0005』なんてのも発見した。が、こっちはまったく聴いてない。

▼この記事|| 2001/02/01(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

TIME/浅田祐介
(作詞・作曲:浅田祐介)

彼の音楽との出会いの曲。「いつもだれかに」のところに書いたが、これも同じ『SOUND DICTIONARY NO.0001』に収録されていた。しかし、恐らく先にCDを手にしたのはこの曲が収録された1stアルバムではなく、4作目の『グッドスペル』だろう。あれはいいアルバムだ。しかし、歌詞が、明らかに私が聴くべきでないような内容なんだよな。「~と思おうのかい?そうじゃない」とかね、どうもなぁ。どこも病んでないのに秋元康を読んでいる気分だ(完全なステレオタイプ)。彼の才能を否定しているのではない。楽曲は好きだし、一種の天才だと思う。思えばアレンジまで全部やっているではないか。ただ歌詞が個人的嗜好に合わないというだけ。それでも聴くなんて、楽曲がよっぽどいいんじゃないのか。どうだろう。

▼この記事|| 2001/02/01(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

なんかいいこと/エレキブラン
(words & music 泉光次郎)

エレキブラン的音楽との出会いの曲。高校時代、音楽ネタで唯一話が通じていたそれはそれはかわいい女の子の友達が貸してくれた、『PATI・PATI』なる雑誌についていた「COME ON! NEW FACE」なる付録CDに、"新人じゃあないけど期待を込めて"収録されていたのだ、この曲及び彼らの声が。で、最初に買ってみたのはこれのシングルではなく、『スペース ブルジョワ シアター』という名の2ndアルバムであった。結局近いうちに全部揃えたけど、『SLIP』は、入荷日に地元の小さめのCD店に行ったら入ってなかった。そこでN市の某外資系大型店まで行って買ったのだった。

▼この記事|| 2001/02/01(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

はつ恋/小島麻由美
(作詞・作曲:小島麻由美)

彼女の音楽との出会いの曲。たしか某チップスのCMに使われていたのだ、この曲。しかし、何にも手掛りがなくて、でも唯一、当時熱心に聴いていた「堂島孝平のロンサムパレード'97」という、悲しいラジオ番組で、「煙突そうじ」という曲にコーラスで参加している人"として紹介され、ずっと気になっていたのだ。問題は曲名が分からないことであったが、それならばと、全アルバムをレンタルしてみた。が、入ってない!どういうこと?すると、ライヴ盤が発売され、視聴して曲名が「はつ恋」と判明。タワレコ吉祥寺店で検索してみると、ポニーキャニオンのコンピに入っている。わざわざ注文して買いました。偶然にも、その頃一っ番はまっていたGrapevineも入っていてびっくり。そしてしばらくの後中古CD屋で同じCDを500円で見つけました。その後シングルコレクション的アルバム『me and my monkey on the moon』が発売され、例のコンピはあまり意味を成さなくなり、今に至る。

▼この記事|| 2001/02/01(木)| 音楽| トラ(1) | コメ(0)

昔使っていた英語の教材に、短い文章のシリーズがあった。その中で見つけた一言。

「"さよなら"というのは、私が今まで見た中でもっとも美しい、お別れの挨拶だ。」

的な発言。うろ覚えなので正確さは保証しないが。これを見て、少し考えた後、すごく納得した。そんなに他言語の挨拶なんて知らないのにね。「さようなら」は、「左様なら」と書き、もともとは“それならば”という意味の接続詞だったという。ああ、それを考えると、「それではっ」とか「じゃあね」ていうのも、同じような感じではないか。“別れる”ていう直接的な表現はどこにもない。

「どうも」って、よく使う。「どうも有難う(“ありがとう”は文字通り“有り難い”=“なかなかない”か)」など、強調みたいな意味らしいのだけれど、それなら「先日はどうも!」と言ったら、「先日は本当に!」ということか。感謝の直接的表現はどこにもない。「済みません」も直接的ではない。めずらしく直接的といえば、「ごめんなさい」。ご免なさい。容赦しなさい許せ

▼この記事|| 2001/02/01(木)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)

言葉の問題です。「それはできません」「リーダーはあなたが最適でしょう」「私は彼がくれた手紙が嬉しかった」「本当は彼が犯人だという結論です」「日本語は主語が省略される事が多いことは普段はあまり気付きません。」さてこの文の主語はどれでしょう。とかいって自分でもよく分かりません。

「~は」「~が」は必ずしも主語をあらわすのではないとされています。まあそのあたりは専門の人に訊いて頂くとして、「あなたは誰ですか」「彼が悪いんだ」「いや彼は悪くない」など、「は」と「が」はどう違うのでしょう。まあそれも専門の人に訊いて頂くとして、なぜややこしいのでしょう。

実は、それはキーボードのQWERTY配列において「G」と「H」が、また、カナJIS配列においては「は」と「か」が隣り合っていることが原因だったのです。日本では、時代の先端を行く人気作家も筆と紙で執筆活動をするのが一般的でした。ところが、1543年、種子島に漂着したポルトガルの船が2台のタイプライターをもたらします。以来、広く一般に出回り、日本語専用のかな配列バージョンも考案されるほどになると、作家はこぞって慣れないキーボードを使い始めました。その結果、タイプミスによる誤植が頻発し、それを読んだ人々が影響を受け、それまでは明確だった「は」と「が」の使い分けが不明瞭になってしまったのです。

▼この記事|| 2001/02/01(木)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)
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