日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

since apr.01,2005

 
<!>ここでは過去の日付に新しい記事が追加されることが少なからず、というかかなり頻繁にあるので、暇な人は「新着」に騙されないように掘り返してみてね。
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私はを読むのが異常に遅いことを自慢にしている。なぜそんなに遅いのか。考えられる理由は、頭の構造上の欠陥と、そして、性格。例えば、3行にわたるある一文を、4回も8回も読み返している。これは単に、意味を捉えるのに四苦八苦しているのか、または、読んでいるうちに意識が想像が、本の内容との関係の有無に関わらず、どこか1、2メートル程ふわふわと飛んでしまい、気が付くと目が活字を追っていただけで読んでいなかった、しまった、という場合。まあ頭が悪いと。が、時に3ページにわたるある一節を読み終えた後、首をかしげて、また同じ所を何度も行ったり来たりしている。何か、物理的にそこに印刷された文字は一字一句違わず確実に間違いなく残らず読んだはずなのに、単純に字面のうえでは理解したはずなのに、足りない。足りないんだよ何か。でも見つからない。あー。単に行間を読もうとしているだけなのかなあ、少ない脳みそで。

ところで、読んでいる最中に、さりげなーく、ずっと、百何十ページも前のエピソードにリファーしているのを発見したり、「この表現、前にも出てきたような?」と思いあたったりすると、そこまで戻って該当箇所を探してみないと気が済まない。或いはその問題とされている目的物が一単語だったりするもんだから、この「検索」作業が時間やら集中力やら色んなものをことごとく食いつぶすのだ。岩波新書ならともかく、433ページに及ぶ新潮文庫ともなると、これはもう不可能だ。どこかで折り合いをつけながら読んでいく。だって、「前にも出てきたな」って分かってるんだから、わざわざ確かめることないじゃないか。何やってんだよう。

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