日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

since apr.01,2005

 
<!>ここでは過去の日付に新しい記事が追加されることが少なからず、というかかなり頻繁にあるので、暇な人は「新着」に騙されないように掘り返してみてね。
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私は、同じアルバム・同じ曲をリピートするのがとても嫌いだ。「聴いている」場合でも、「単に流している」場合でも同じ。自分が好きで聴いている好きなアルバムであっても、一周すると必ず止めるか替える。まして、好きでもない曲が繰り返し流れる状況に置かれると、自分でも驚くほどのマイナス感情が湧き上がってくる。ただそれだけの理由で足が遠退いた店舗も多々ある。

BGMとして一枚のCDをず~っとかけ続けている人や、気に入った曲があるとすぐに一曲リピートに陥る人が割といることは知っているが、残念ながら理解できそうにない。

私を怒らせたかったら、同じ音楽をずっと聴かせ続ければよい。

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▼この記事|| 2006/09/07(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

チアノーゼ/くるり
(作詞・曲:岸田繁)

この曲が入ってるアルバム『図鑑』。私的に超名盤だと思う『さよならストレンジャー』の後だったから、若干インパクトに欠けたが(特に1トラック目に『さよなら~』の収録曲を一瞬用いたのがいけなかった)、それ単体で見たら悪くないアルバムだ。で、CDより音質の悪いMDでしか持っていなかったこのアルバムを今回CDで手に入れることができたので(某友人よさんきう)、それをMDより更に音質の悪いWMAに落として聴いた。なんたる皮肉。

やっぱり彼らの音楽は好きだけど、それとこれとは別だよ的に、この曲はすごい。昔、「メロディアスとは何か」と真剣に考えて、深刻な無限回廊にはまったことがある(抜け出せた時点で“無限”ではないが。いや、2次元方向に無限だった回廊から3次元的に抜け出した、と考えれば、ありえない話でもないかな?)が、そんな問いを笑い飛ばすかのような見事なAメロ。本当に、言葉も見つからないくらい、すごい。知らない人はまあとにかく一度聴いてみてよ、私と同じ意味で「すごい」と思う人がどれくらいいるのかは知らないけど。

もう、対抗馬として思い浮かぶのはスピッツの「ナナへの気持ち」(詞・曲:草野正宗)くらいだ(この曲は本当に好きで、特にカラオケで歌いたいと思う曲なのだけど私がよく利用したカラオケ機種には入っていなかった…。つーかカラオケなんてもう何年も行ってない気がする)が、還るべき「ド」と、還りたくなる「シ」(どちらも相対音階の、ね)で構成されている時点で、要するに全てを持ち合わせているので、そういう意味では特殊な楽曲ではない。「チアノーゼ」の比較対照とすべき曲ではない。って、この文章を“正しく”理解できる人っているんだろうか。

なんか散漫な内容になってしまった。考え事してるせいかな。

▼この記事|| 2005/10/18(火)| 音楽| トラ(0) | コメ(2)

FALLEN FROM GRACELAND / Richie Sambora
(R. Sambora/R. Supa/D. Bryan)

この曲が収録されている『Undiscovered Soul』はもう8年も前に発売されたアルバムで、購入したのは当時。若い頃だ。もちろん当時から聴いてて(あんまり聴かなかったけど)、この曲も知っていた。

けど、ふと思い立ってこのアルバムをgigabeatに取り込むことにして、数年ぶりに聴いたら、なんか頭から離れなくなってしまった。ずーっと頭の中でリピート再生するもんだから、仕方なく何度も聴いたりした。確か購入当時は、なんだかヘンな曲だなぁ、と思っただけだった。そういう意味では確かにインパクトがなくはなかったけど、今抱いているのは明らかにプラスの感情だ。まるで、「そんなに仲良しでもなかった中学時代のクラスメイトの女の子に10年振りに出会って話をしてみたら恋心が芽生えて一気に燃え上がってしまった」、みたいな。いや別に恋はしていないけど。ただ違うのは、クラスメイトも自分も10年間で成長(もしくは退化、平行線で変化)してるはずだけど、この曲は8年前に聴いた曲とまったく同じ曲だということ。強いて言うならば自宅のステレオ環境が飛躍的に良くなって音質が向上した程度。

なんか、いい曲なのかよくわかんないけど、悪くないよなぁ。何とも不思議な体験である。そういえば、「日本人はLとRをちゃんと纏め上げられっこない」というのを実感した曲でもある。「fallen from graceland」を正しく認識して使いこなすまでにいやに時間がかかったような記憶がある。この並びがあたかも難解なものであるかのように映ったものだ。

▼この記事|| 2005/10/16(日)| 音楽| トラ(0) | コメ(4)

トラックバックの使い方が間違っている気がする。

「間違っている」というのは、本来意図された(と私が思っている)使い方なり存在意義なりとズレている、ということ。全然関係のない記事にトラックバックつけるのって、ある意味「アラシ」だと思います。今では多数派の宗教がかつては迫害されていたかのように(違うだろ)。でもおかまいなしに拡げます。


悪友のnenovedoからMusical Batonというのが回ってきたので応えます。

1. Total volume of music files on my computer(コンピュータ内の音楽ファイルの総容量)

2.65GB
あと、最近使い始めたgigabeatに6.3GB(1,500曲ちょい。まだ格納作業半ばだけどもう疲れた)。基本的にPC内に音楽をストックする習慣はないです。というか再セットアップした時にほとんど消した(消えた)。

2. Song playing right now(今かけてる曲)

なし
基本的にあまり音楽を聴かない人なので。家で音楽をかけることは滅多にない。

3. The last CD I bought(直近に買ったCD)

『High Fidelity』 Original Soundtrack
イノトモ『わたげのお散歩』
CD買ったのはかなり久々。昔はタワレコで年間5万円以上は確実に購入してたのになぁ。

4. Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me(よく聴く、もしくはよく効く曲5曲)

「晴れ(demo)」nippercent mixture(自分)
「東京」暮部拓哉
「祈り」小林建樹
「江ノ島ラプソディ」HARCO
「なんかいいこと」エレキブラン
次点:「永遠」KAN
順不同(随時ランクイン/アウトあり)。あれ、洋楽が一曲もないじゃん。ま、いいか。

5. Five people to whom I'm passing the baton(バトン渡す人5人)

kana
はるる
俺、ブログ持ってる知り合い5人もいません。リンクも張ってないような人にいきなり送るのも気が引けるので、とりあえず2人に。よろしく。


「正しい」って何だ。例えば、上の回答には<dl>タグを使っているが、これは本来、「単語とその定義」のリストに用いるものなので、この使い方は「間違っている」。けど…他に適当なタグがなかった(知らない)ので…。そういうことです。

»続き
▼この記事|| 2005/06/23(木)| 音楽| トラ(1) | コメ(2)

Hello, Goodbye / The Beatles
(John Lennon, Paul McCartney)

思い出した。「Under Pressure」の記事に登場した背の高い奴との共通点に、「ビートルズ好きである」ということがあった。で、確か、何の曲が好きかという話になり、彼がまっ先に挙げたのがこの曲。そして、当時の私は、不覚にも、この曲を知らなかった(!)。まあ、“好き”と“詳しい”は違いますからね。「言語学者がその言語を流暢に話せるとは限らない」というのと一緒ですね。おい、それもちょっと違う気がするが。

その後早速聴いてみた(公式発表CDは全て持っていた(父親が))が、特に何とも思わなかった。しかし、その後人生で出会った何人かからも同様に、この曲が好きだという感想を聞き、そうこうしているうちに好きになった。今では彼(か)のバンドの楽曲の中では指折りの名曲だと考えている。人の影響を受けやすい質でね。

それが、人生の上でははっきり言ってどうでもいいかもしれないその一時期の友達をはっきり憶えている理由である。

当時聴いたCDの中に、Mr. Childrenの『深海』というアルバムがあって、その中に「ありふれたLove Story~男女問題はいつも面倒だ~」(詞・曲:桜井和寿)というのがあるが、「サビがドレミファソラシド」という点において、聴き比べてみると面白いかもしれないし、面白くないかもしれない。

▼この記事|| 2005/05/15(日)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

Under Pressure / QUEEN and David Bowie
Words and music by David Bowie and Queen

当時QUEENが好きだった私(今も好きだが、少し前の流行りもの的リバイバルヒットのおかげで表向きに「好き」と言いにくくなった)は、当時デビッド・ボウイが好きだった男(今も好きかどうかは知らない)と一時期だけ微妙に友達だった。背が高くて、ギターがうまくて、ギャギィな奴。特に共通の趣味とかはなかったと思うが、この曲の存在が、彼と私を結ぶ架け橋となった。いい奴だったんだけど、卒業後は音信不通。というか進路すら知らない。まあそんなもんだろう。心当たりのある本人、見てたら連絡ください。

んー、しかし見事な曲だ。盗用騒動が起きたベースラインひとつ取っても殿堂入りものだが、綿密に計算し尽くされたかのような構成が見事すぎて、冷静に聴くとため息が出る。こんなの私ひとりではどうがんばっても真似できそうにない。「もう少し時間があればもっといいものができたと思う」的なメンバーの誰かのコメントがにくい。

発表前の仮タイトルは「People on Streets」だったそうだが、私としては、どっちでもいいや。どうせ歌詞の意味なんて全然わからん。

▼この記事|| 2005/05/15(日)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

窓叩くのは誰?/moo-Chies

惜しいことに解散してしまったmoo-Chiesであるが、一筋縄ではいかないところがあるんです、良くも悪くも。良くも悪くもと書いたが、一筋縄でいく=悪いことなので、ようするに良いことです。ドアをノックする曲なら色々ある。オザケンとか、ガンズがカバーしてるボブとか、ロクセットとか。でも、窓ですか。昔、私が1階に住んでいた頃、夜中にいきなり窓をドンドン!と叩かれてかなり恐怖ったことがある。無視してたらまだ叩くので、叩き返したら「なんだ~冷たいなぁ」という声がかすかに聞こえた。友達だった。通りがかりにちょっと挨拶をしたかったらしい。頼むから玄関から登場してくれ。そんなどうでもいい思い出を鮮明に思い出させる曲。私には、「きっと君さ」という一節が、祈りにも似た強い願望に聞こえるのである。

▼この記事|| 2004/10/03(日)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

YELLOW MAGICAL TYPHOON/Cascade
(ビクターエンタテインメント、1997/07/24)★音楽―アルバム

よりによって何でこんな下世話なアルバムを挙げねばならぬのだ。下世話というと悪い意味にしか聞こえないが、というか悪い意味しかないのだが、これは本当に、嫌気が差すくらいポップだ。もう少し言うと、ポップなだけである。それって、笑っちゃうくらい真面目なのと同じで、やろうと思ってもなかなかできないものだ。普通はどっかでブレーキがかかっちゃう。それをこんな、完膚なきまでにメッタ刺しに踏み込める彼らは、類稀なる天才か、絵に描いたようなバカか、どちらかだ。

どちらかだけど、どちらにしても、とにかく才能はあるに違いない。これまでの作品でも片鱗は見せていた、メロディーメイカーとしての才能の原石(傍点・・がついてますが、ついに明らかになった(ということはつまり、全般的に曲を書いてるMasashiくんの才能ということだ。ギタリストとしては個性的な感じの彼は、間違いなくメロディーメイカーだ。一度だけステージを見たときは、ただのエフェクターオタクのように見受けられたけど)。うむ。明るみに出た原石が、その後どうなったか、興味のある人は、これ以降の作品を聴いてみよう。少なくとも、原石がウソではないことがわかるはずだ。多分わかると思う。わかるかもしれないよ。わかるかなあ。

でもまあそんなふうに褒めたところで、下世話なポップアルバムであることに変わりはない。フレディ・マーキュリー曰く、ポップなんてのは使い捨てだそうで、だとしたら歴史に残る名曲は失格ポップなのか。あ、でも死して甲羅を残すポップならいくらでもありそうだ。そういう意味で、このアルバムが世間的にどうだったかはよく知らないが、個人的に言わせれば、今でも泥の中で、自由を胸に尻尾を引きずっているポップだ。ありえないけど、ここになぜか、ある。

実際、注意深く聴けば、同じ言い回しを複数箇所に使ったり、全体を通して同じテーマをにおわせつつ、表向きには好き勝手いろんなことやるという、非常に作り込んだ感じを持っているし、注意深く聴かなくてもそれを感じさせるポップさを持っている。いやほんと、よくできてます。誰も完璧だなんて言わないけど、その至らなさの取り回し方が、何となくいい味出してるのだ(ん?ということはもしかして、そういう意味では、聴き手を選ぶのかもしれないな。まあ誰がどう思おうと、そんなことは知ったこっちゃない)。それをこういう、下世話なポップ一色に仕上げるというのは、ギャグでやってるのか、確信犯なのか、真相はどうでもいいね。気分いいね。

▼この記事|| 2004/06/26(土)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

言えずの I Love You/KAN
(作詞・作曲:KAN)

2回目のサビの「セリフを言えない ぼくは I Love You」の、「I Love You」が、惜しい。何か他の言葉にしてほしかった。思いつかないけど。そんなピンポイントが気になるくらい、他が完璧に出来上がった名曲、だと思う。単純明快だし。某カラオケの採点で900点以上が100%絶対確実例外なしに出せる曲のひとつ。「音程を正確に歌う」という意味ではとりわけ歌がうまいわけではない私でも。ん、他にどんな意味があるんだ。「感情を乗せて歌う」という意味だったら歌が下手だなぁ。

▼この記事|| 2004/06/14(月)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

あわれ蚊恋かごい/倉橋ヨエコ
(作詞・作曲:倉橋ヨエコ)

トマトをかじれば 嫌悪感で涼しくなろう」だって、涼しくなるどころか、気持ち悪くなりますよ。そう、僕はこの歌詞にある程度共感します。ちょっと踏み込みが甘いけど。彼女はとまちゃんが嫌いなのだろうか。…いやほんとそれだけです。タイトルもすごいけどそれは敢えて指摘しようとは思わないので。しかし「齧る」って難しい字なんだね。トマトはかじってるけどメロンは齧ってます。そこに意味はあるのか、それともただの「ゆれ」か。文学の難点はその区別が難しいところだ。

▼この記事|| 2004/06/01(火)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

さらば80kmの青春/CASCADE
(作詞・作曲:MASASHI)

ギターのMasashi氏がボーカルをとる曲だ。私が知る限りでは、最も歌が下手な人の部類に入る。うん。で、この曲は、歌詞カードを見て改めて驚いた。出てくる横文字単語が全部アルファベット表記になっている!「VespaをSwingさせ…」唄ってる発音は、完全なカタカナ発音だったので、ぜんぶカタカナで書いてあると思い込んでいた。やはり歌詞カードはちゃんと見るべきであった。

オープニングの音はベスパだよね。よくわかんないけど50sとかそんなんじゃないだろうか。でもタイトルは80kmの青春?てことは80km/h出る100かET3か?怪しい。そもそも80kmは速度ではなく文字通り距離だろうか。Plastic Gunとは。Nostalgiaなんて。「さらば青春の光」を下敷きにしてるのだろうか。しかし知識がないためか鈍いのか、ぜんぜんわかりません。謎の多い曲だ。

▼この記事|| 2004/06/01(火)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

Believe in Magic/ARCH

僕が知ってる限り、ちゃんとCD出してる人の中で最も歌が下手な部類に入る。と思ってたけど、改めて聴くとまあこれはこれでアリかなという気がした。寛容になったのか、鈍ったのか。持ってるけど聴いてないCDの発掘プロジェクトで第一に思い出したのがこの曲。1フレーズしか憶えてなかったのだけど、その1フレーズの強烈さときたら、これ、まじ、すごすぎ。「ざさーんえーんえんpてぃーsかーいあいびーりびまあじ~っ」てなもんです。英語なんだけど、英語発音ではなく、かといってよくあるカタカナ発音でもなく、なんともいえぬおどろおどろした感じが、爽やかに下手な歌声と相まって、怖いくらいのインパクトを放出してます。被曝してしまったら忘れられないでしょう。

歌詞カードを見てたら、「風の音」というところを「かぜーおとー」と唄っていた。何がどう間違ったかわからないが、「風音」だったらいい言葉だ、と思ったら広辞苑第五版にも載ってる普通の言葉だった。かざおと。

▼この記事|| 2004/06/01(火)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

センチメンタル・シティ・ロマンス/堂島孝平
(作詞・作曲:堂島孝平)

まるで何かのドラマみたいだって、言いかける以前に言い切ってしまった。

▼この記事|| 2004/04/30(金)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

想い巡り/倉橋ヨエコ
(作詞・作曲:倉橋ヨエコ)

話題に出してしまったので一応書いておこう。アカペラで口ずさむと、なんとまあ複雑怪奇なメロデーなことか、と思えます。眠れないときに口ずさむ定番曲だが、口ずさむことによって眠くなったりとか余計目が冴えたりとかそういう不思議な力は別に持ち合わせていないらしい。まあ気休めですよ。これ書こうと思って、あれ、あの曲のタイトルなんだっけ、と思ってCDを見、初めてタイトルを知った。出来のいいアルバムってのは往々にしてそういうもんである。が、ちょっとタイトル不足(タイトルが、本来の意味での役不足)だよなあ、そう考えてみると。

▼この記事|| 2004/04/29(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

ばら色の人生/かの香織
(作詞・作曲:かの香織)

一言で言うなら、他愛もない曲。そんな感じでしょうか。ひさびさに聴いたら、いい曲だなって思えた。涙が出そうなくらい。病気中だからかなぁ。私は歌詞じゃなくてメロに感動する。こういうメロに。最近、音楽を聴くことが(厳密に言えば、CDをプレイヤーに入れて再生することが)以前にも増して苦痛なので、あまりこういう曲、自分で聴こうと思わなければ聴く機会がなさそうな曲、を、耳にしていなかったのだが、耳にしてよかった。口ずさむことがとても心地よい曲だ。今まで知らなかった。口ずさむのが心地よい曲の代表といえば、くらよえの「想い巡り」。眠れないときによく口ずさんでいた。まさに今、ばら色の人生である。将来振り返る頃には、色褪せているか、色濃くなっているか。

▼この記事|| 2004/04/29(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

江ノ島ラプソディ/HARCO
(作詞・作曲:青木慶則)

超変拍子。今まで、ライブ会場で体を動かして、いわゆる「ノっている」(?)人の気持ちは正直よくわからなかったが、先日HARCOのライブに行って、この曲のうねうね変化する拍子に揺られたらものすごーく気持ちよかった。この曲に対する価値感が変化しただけでなく、ライブというものに対しての世界観が少し揺らいだ。偉大な曲である。ただし、この揺れ方を完全に覚えるのはちょっと苦労だった。というか、別に今でも完全に把握しているわけではない。そうか、つまり自分にとって本当にいい曲というのは、覚えやすく、つかみどころのないうねうねした拍子の曲だ。矛盾だ。シンプルで、キャッチーで、どっかで聴いたことがるような感じで、新しくて、奥が深くて、個性的。メロディーの場合と同じじゃないか。

▼この記事|| 2004/02/09(月)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

すべてのバカモノへ/東京60WATTS
(ピーエスシー、2003/08/06)★音楽(アルバム)

思い思いの音楽を携えて、彼らは街にやってきた。夜の池袋は怖い。渋谷に恐怖が渦巻いているとしたら、恐怖が身を潜めて、でも吐息ははっきりと聞こえる。そこへ何食わぬ顔で流れ出すピアノ。無表情のつもりで証明写真を撮ると、かすかに笑っているような顔になってしまう男がいたが、こいつにとっては、これが無表情なのだろうか。ドラム、ベース、ギター。みんないつもと同じ服装、いつもと同じ顔、でもなんか違う。みんな揃うとどこか他人行儀に、いい人ぶろうとしてる。そんなことしたって無駄だ。ここは池袋。リーダーの変幻自在な、別の言葉で言うと、意識は鮮明なのに酔っ払いみたいにふらふらしてる、その声が、洗いざらい本音をぶちまける。ああ騙された。ここは東京じゃない。ニューオーリンズ!

その辺をほっつき歩いてる自由人も、ここでは冒険者だ。海を越えて世界を股にかけ大陸のビートを刻む、でも所詮は吹き溜まりだろう。思い出すのはどこの風景かなんて、言わずともわかっているに違いない。京都のコンビニは、通常より渋い色調の光を放っていたりする。西武線は黄色い。でもそんな小手先の方法論で何を実践したって、それが見慣れた風景を形成するのだから、もしかしたらそれって成功しているのだろうか。そうだとしたら、現実とは何だ。

現実とは、痛みだ、と言う人もいる。現実とは目に映るすべてだ、とも言える。じゃあ現実は、目をそらしたくなるような空想の世界だ。頭で想像できる程度の現実なんてのは頭で創り上げだ非現実に過ぎないのだ。昇天するのが現実だとしたら、それはつまり非現実なのだ。ひときわ目を引くピアノの音も、目を凝らしてみれば高速度で弦をたたくハンマーの非現実世界だ。でも安心してもらいたい。ちょっとしたことで泥沼からは抜けられる。珠玉のバラード。噛まずに言えただろうか。しゅごょく。これが現実だ。つむじなんて見えないんだ。だって、ラーメン屋台の煙の向こうの顔が見えるだろうか。そう、煙は湯気だ。水蒸気が冷えて湯気になる。これが現実だ。ちょっと話をそらすと、リモコンが電波を飛ばす。それも現実。

でももう少しスピーカーから離れて聴きなさい。あまり近付きすぎると目が悪くなる。あいつだって、気安くしてくれるなと虚勢を張っているだろう。少し離れていたほうが、全体像が見えるというものだ。それは等身大の人間に過ぎない。まるで原子ひとつひとつの中に宇宙が広がっているような錯覚にとらわれるはずだ。発生する熱量は、60ワット電球たった1個分。だからって60ワットさんなんて呼んではいけない。それがスターというものだからだ。今のうちに、短くて長い時間を振り返ってみなさい。これがバカモノの構成要素だ。あれ、はじめ自分はどこにいたんだっけ。目白通り?じゃあここはどこだろう。おい、CDを止めたら止まってくれ。困ったな。でも悪くない。

初期の東京60WATTS/東京60WATTS(東芝EMI、2004/06/09)でもいいです。

▼この記事|| 2003/10/25(土)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

High & Low/サンタラ
(フレイヴァー・オブ・サウンド、2003/05/28)★音楽(アルバム)

気を許してはいけない。気を許したら、何が起こるかわからないぞ。

そもそも、初めて見たとき、のぞき穴を作ってしまったのが間違いだった。僕は、心を閉ざして生きている。ロブも言っているように、音楽は有害だ。青少年だけでなく、誰しもにとって。身を滅ぼしたくなければ、音楽に入れ込まないことだ。でも別に僕だってまじまじと見入ったわけではないのだ。ただ、耳を貸した。覗き見した。そしたら、するすると入ってくるやつがいた。言葉だった。

未知との遭遇、なんてしょっちゅうあることじゃないし、どんな感触なのかもうこの手は憶えていないけれど、きっとこんな感触だったのだろう。なんというか、既知のものにすがって生きている者を、根底からぐらぐらと揺さぶる、強大な力を持つ、小さな小さな物体。今まで知らなかった言葉じゃあない。それが違う意味を持って…いや、そうではない。そもそも僕にとって、言葉とは意味ではない。言葉とは音だ。しかしこの遭遇は、音ですらない。理解なんて言葉、片手でつかんで、不適に笑って投げ捨ててしまうような奴らだ。

侵入者は言葉だ。でも、それを運んできたのは、メロディーであり、声である。これらに関しては、明白だ。隠し立てするようなところは、何もない。鼻に掛かってて、心のフィルターに掛からない、身のこなしの軽い声。しかしものすごい質量とエネルギーを持っている。科学系の単語が出てくるのは、『空想科学読本』シリーズ(柳田理科雄著、宝島社 他)の影響だ。何だかわからないけど声の存在はよくわかっている。あとメロディー。明らかに体に悪そうなギターの音色の上で、ものすごく体に悪いブルージーなフォーキーなのと、かすかにキッチュを匂わせるポップなのが混ざってる。混ざりきらずに2層に分離しているところすらある。ちゃんぽんしたら悪酔いするのは必至だ。空いている落とし穴に落ちるようなものではないか。こんなわかりきってる声とメロディーなのに、防ぐことはできなかった。なぜなら先に書いたとおり、言葉だったからだ。

この有害な言葉は、頭の中で何度でも再燃するだけでなく、メロディーと手を組むことによって、物理的に音として口から出るという困った症状まで持っている。もはや病気と言っていいだろう。「メロディーと言葉の融合」は僕にとってテーマに違いないが、それが完璧にくっつく必要がないことを、彼らが証明している。それどころか、「キャッチー」という、さらに根本的なテーマまで、子供のおもちゃにされてしまった気分である。考えてみたら、考えてわかる程度のものなんて、考えたって無駄だな、とも思う。

誰もが同じ考えを持つとは限らない。特に、こう見えてもアクの強いこんな作品に関しては。そうなると、どれくらいの人が同じ症状を持つのか知りたいし、他にどんな壊滅のしかたがあるのか興味を引かれる。ぜひとも多くの被害者を見てみたいものである。

▼この記事|| 2003/10/25(土)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

星のない空の下で/WANDS
(作詞:上杉昇、作曲:柴崎浩)

懐かしい曲だ。それ以外のメロはいたって平凡なんだけど、サビは何というか、自分的専門用語で言うと、“Bメロ系のサビ”を持つ曲だ。他には、斉藤和義の「彼女」なんかがそれにあたる。でも、改めてこう、検証してみると、この曲は単に昔ちょっと好きだった曲では終わらなかった。歌詞カードを見たら。

「変わらない自由ゆめを探してる」
「二人永遠とわ自由探して」
「あの日見たは 少しでもつかめたの?」
「終わらないに抱かれたい」

さて、探しているのは、ユメなのか、ジユウなのか。二つは同じものなのか、違うものなのか。とても考えさせられる歌詞だと思いませんか。日本語の得意技、ルビ。この曲中には他にも、「未来あした」「時代とき」が出てくる。うまく使えば、表現力の広がりは計り知れない。うまく使えば、ね。

▼この記事|| 2003/09/18(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

セピア/堂島孝平
(作詞・作曲:堂島孝平)

~すごい昔の記事のリバイズ~

言葉は生き物である。推名林檎の『ギブス』のジャケには、“GIPS”と表記してある。なぜ「P」で「ブ」なんだ?疑問に思ったわたくしの調べ(音楽ではない)によると、“GIPS”はドイツ語であった。なるほど医学はドイツ語だ。患者のカルテ(Karte)も然り。で、「ギプス」が訛って「ギブス」になったんだと。同じく椎名林檎の『罪と罰』は、某作家の某作品を意識して、盤面はロシア語表記になっている。ちなみに読んだことないです。よく見ると、「SHÉNA RINGÕ」の「N」が「И」になっている。これは英語で言えば「i」、日本語では「イ」?にあたる文字だ。ちなみに「у」が「u」で「р」が「r」で「с」が「s」だっけ。わざとにしか思えない。

というわけで、堂鳥孝平の『セピア』を聴いていて、どうもひっかかるな、と思った。“みゃくりゃく”という単語は聞いた事がない。まさか「みゃくらく」の誤りじゃなかろうて。そこで歌詞カードを見ると、「脈略」。うおおおお「脈絡」の読み違いではなかった。だが、天下の広辞苑第五版(岩波書店)に、そんな単語はない。

「脈絡」には、物事のすじみちというかつながりというかそんな意味がある。まさに私に欠けているものである。「絡」は、「連絡」というように、「つながり」の意味がある。なんだ、「脈」も「絡」も要するに「すじみち」じゃん。対して、「略」には、知恵というような意味と、はぶくことの意味などがあるそうだ。ということは、“脈略”とは、1.「筋の通った考え」、または脈を省くことから、2.「すじみちのないこと」といった意味の言葉であると推測できる。では、歌詞にある“脈略ないこと”とは、筋道立てて考えもしていない事、要するに“他愛もないこと”なのか、筋道のなくないこと、つまり“筋の通ったこと”なのか。この場合、コンテントからして前者であろう。つーかもう少し踏み込んで考えると、「脈略ない」は「脈」を二重否定しているのではなく、否定を強調しているのであり、「すごくどうでもいいこと」の意である、とする方がいいか。

これは革新的だ。面倒なので例を挙げることはしないが、言葉は提唱されてから普及するまでにかなりのタイムラグを取る。今“脈略”を唱えることで、彼が先端に立ち時代を切り拓いていくのだ。言葉は生き物である。
[2000年2月23日/2003年8月21日]

▼この記事|| 2003/08/21(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

ロンサム・パレード/堂島孝平
作詞・作曲/堂島孝平

~すごい昔の記事のリバイズ~

花の高校生活。通学時間1時間20分(推定)。中学までの数十倍の距離。その約3分の1は、音楽がうめてくれる。まさに、人生を音楽へと導いて'く通学路だった。ちなみにここまでは余談である。当時私は、うれ(憂)しいことに、堂○光○に似てるー!と、ちょっと評判だった(髪型変えた途端に言われなくなったが)。

ある日、私としてはめずらしいことに、夜遅くにテレビを見ていた。そこで色んな、これから有名になるぞ~的なアーチストの新譜の15秒CMを連発するやつに出くわした。15秒じゃあ分かるわけないじゃん、と細い目で見ていた、そのとき、ひとりの、マッシュルーム男の声にピンときてしまったのだ。その15秒足らずの間に、脳みその中ですごい化学反応がおきたのではないか。慌てて名前を書き留めようにも、書くものがなかったので(取りにいくのが面倒だったらしい)、とりあえず覚えよう。ドウジマコウヘイ…堂○光○に似てるな。…どこがやねん。と、見事覚えることに成功(?)した(後日思い出すときに、堂○光○じゃなくって、ドウ…なんだっけ、コウ…なんだっけ、としばらく考える羽目になった)。

数日後、田舎住まいの私は、大好きな友達、とまちゃん(onギター、男)とともに、たまたまシティーまで出かける機会があって、タワレコに足をはこんだ。何かCheck it outなのがあったような…ということで、上記の要領で思いだし、いざ探してみると…なんだかすっごく黄色いアルバムが、ばばーんと面列されているではないか。しかも「特典あり!」と紫色に訴えかけている。特殊ジャケと特典に弱い私(バカ?)は、買ってしまうのである。その、すっごく黄色いケースに入ったCDが1周する頃には、私の中に、“マイ・フェイバリット、ドウジマコウヘイ”と、確固たる地位が築き上げられていることだろうとは夢にしか思わずに。

私が最初に聴いた堂島節が、この「ロンサム・パレード」のサビの約15秒でした。それからしばらくの間、某コンビニのCMで何度も耳にすることになる。CDラックに堂島孝平の過去作が揃うのには、さほど時間はかからなかった。しかも、田舎者の特権キラリ。すべて初回限定仕様。
[1999年12月31日/2003年8月21日]

注:当時のタワレコの「特典あり!」ステッカーは、紫地に白文字だった。

▼この記事|| 2003/08/21(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

月影/斉藤和義
(作詞・作曲:斉藤和義)

♪ミミミドファミレドレレレシミ~

すごくキャッチーだ。このデダシ、どこかで聴いたことがあるような??と思うと、このメロディ、某バンドの出世シングル曲をはじめ、実に色んな曲に使われている。ここまでくると、パクリとか真似のレベルではなく、スタンダードか古典か、といったところだろう。ということは、私がこのメロディーをフィーチャーした曲を作っても、問題なしということだ。じゃあ作ってみようかな。

私は音楽を聴くとき、“歌詞を聴く”人ではないし、この人の歌詞が好きなわけでもない。でも、このフレーズだけはすごくツボだった。

十年前にもしもちょっと行けるのなら 何をしようかな

決まっとらんのかぁ~っ!と、思わずつっこんでしまう。毎回。だって、「もしもちょっと行けるのなら」ときたら、何か過去に残された強い思いにとらわれていて、それでそんなたわ言を言い出したと思うじゃないか普通。で当然気持ち悪い言葉が来ると思って一瞬体を硬直させた途端、スコンと気持ちいい言葉で裏切られる。意図してやってるんだったらこんなむかつくことはない

▼この記事|| 2003/08/20(水)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

東京/暮部拓哉
(作詞・作曲:暮部拓哉)

タイトルだけ見たら、誰の曲かわからない。すごくありふれたタイトルだ。内容はというと、大きな夢を抱えて上京してきたフォーキーな奴の歌。すんごくありふれた内容だ。彼の存在そのものが、訴えるものを持っているとは到底思えない。けど、彼がこの歌を歌ったとき、じわっと涙が溢れるのを止められなかった。涙を見られるのはさすがに恥ずかしいから、ごまかすのに必死だった。なぜだ。歌詞に感動したわけではない。だって歌詞なんて聴いてない。でも、何なのかわからない力で、私を動かしたことだけは事実である。たぶん、広い宇宙の中で、たまたま地球に生命が誕生したように、とか言うとバカみたいなのでやめておくが、これだけは解せない。井の頭線が溢れてたって、「春夏冬」という名の店があったって、そんなの驚くようなことではない。自慢じゃないがそういうのは得意だ。

きっと私の中には、私にとって無意識下で、重要視されない部分があって、でも人は、それが意識下であっても無意識下であっても、重要視しているのだ。だから私にはわからない。わかりたくもない。でも、この涙によって、少なくともその存在だけは認めざるを得なくなってしまった。

暮部拓哉
http://www.kurebetakuya.com/

▼この記事|| 2003/08/19(火)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

もう恋なんてしない/槇原敬之
(作詞・曲:槇原敬之)

ついでに。イントロが好きだ。80年代後半から90年頭くらい(だと思う)風の音が好き、というより、この曲は特別だ。低音から高音、柔らかい音から硬い音までが、人間の耳に一番心地よく響くように計算されて完璧に配置されている。分析したわけではないけど、そうにちがいない。詩はこの人お得意の、口語文調。音韻を意識させない。と思ったが意味で記憶されているわけでもないらしい。「君がいないと何にも/できないわけじゃないと/カバンを火にかけたけど」「ほら 超ショックも作れたもんね/だけどあまり松竹梅」なんかちがう。92年5月25日発売のこの曲に関しては、某関西系バンドの一人が、90年代で一番印象に残った曲に挙げていた。タイトルがね。どっちやねんてな感じでね。そこから連想されるのは「To Be With You」(MR. BIG)、「恋せよ乙女」(WANDS)、ちょっと違うけど「咲き乱れよ乙女たち」(CASCADE)あたりか。

▼この記事|| 2003/05/31(土)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

見てるだけ/倉橋ヨエコ

この人の音楽は全部好きなのだけど、とりわけマニアックな曲を選んでみました。なんて意地悪。クラムボンが小学校だとしたら、くらよえは女学校。それは古過ぎか。時代も違えば、年齢もちょっと違う。だがどちらも映像系の音楽である。そして気付いてみればどちらもワーナーアーティスツ。気付くの遅すぎ。で、この曲には私が好きになる要素が複数見られる。まず、音域が広い。よほどうまくミックスしないと低い声が聞こえなくなりそうです。それから…あれ、ひとつかも。それにしてもタイトルの付け方が秀逸である。マッキーの「もう恋なんてしない」に並ぶ名曲名である。

▼この記事|| 2003/05/31(土)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

永遠/KAN
(作詞・作曲:KAN)

曲名だけだとフツーすぎて誰の曲かわからない、目立たないアルバム曲。でもベストアルバム『めずらしい人生』のラストを飾る美しい曲。歌詞のある一節がすごく好きで、自分的名曲の迷宮入り、じゃない殿堂入りした。

解釈1
「ぼく」の存在の重さを「ぼく」が持てるのなら、つまり人は自分の重さを自分で持つ限り、飛行機の最大積載重量を気にしなくていいのだ。交互にジャンプしていれば定員の2倍の人数が乗れるぞとか、そういう出来の悪い冗談を言っている場合ではない。すばらしい。応用すれば、空中二段ジャンプとか、果てはそのまま空を飛んだりとかもできそうだ。

解釈2
持ちつ持たれつ、それが人間である。でも、自分の存在という「荷物」を自分で持つということは、この基本的なあり方を否定するということだ。それでも「隣に永遠に」いるという。「僕ら延長コードの銅線~ いつまでも どこまでも 隣り合って走ってるけど~ 決して まじわる ことのない 二人~(こんな曲はありません、詞:すしる)みたいな。その上「君」は泣いている(或いは泣いていた)のだ。これを涙せずに聴けるか、否。


たとえば ぼくの存在が君の重荷になるなら その荷物もぼくがもちます」このフレーズがとても印象に残った。どうかしている。

▼この記事|| 2003/05/09(金)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

OH LÀ LÀ/かの香織
(SE、1996/11/01)★音楽―アルバム

久々に聴いてみた。昔聴いたときと同じだった。当たり前か。昔というのは、音楽に興味を持ち始め、気付けばのめり込んでいた、その頃である。ああはなりたくないなという人がこうはなりたくないなというふうに何かに夢中になっている感じで、この人の音楽を好きだった。それは某ZIP-FMで(だっけ?)楽曲を聴くことから始まった。

なので今はジャケを見ることから始めてみようか。オシャレなのかギャグなのか、ヒップなのかナンセンスなのか、はて。で、中身はどうなのかというと、そのまんま。よくわからないアルバムだ。よく議論されているポイントを持ち出すのなら(というか他に持ち出すものがないのだが)、収録曲一曲一曲(なんて字面だ)に違うアレンジャーを起用している。で、だから統一感がないだの、それなのにまとまっていてすごいだのと言われているのだが、まあそうだろう。でもそういう観点から見るのであれば、このアルバムはきれいにまとまりすぎて退屈な作品かもしれない。だって、本棚に置かれるものは本だけとは限らないでしょ。え、ということはこのアルバムは本棚か。じゃあ何で「ウ・ララ」なんてタイトルなんだろう。「本棚」でよくないか。まあ、どういう作られ方をしたか知らないのに(各楽曲単体の呼吸の一致はあまりに見事で窒息しそうだ)、〔改行〕

こう言ってしまうのは危険ではあるが、各楽曲が、「本」である気がする。それはつまり、「本棚」に納められるものでしかないという意味だ(もちろん本は読むものだよ、念のため)。だから、隣に何が並ぶのか、どの位置に並べられるのか、そのへんを考えていない。もとい、よく考えているから、すごく収まりのいい「本」になってしまっている。だから、このアルバムはきれいにまとまりすぎて退屈な作品かもしれない、と。

まあそんなこと言ったって好きなものは好きなのだ。これを言ってしまうと上に書いたことがすべてぶち壊しになるので言いたくないのだが、実際には飽きないアルバムである。まとまり感も、ほとんど問題ない。しかし最近聴いてないなー。あれ、冒頭に「久々に聴いてみた」とあるけど?実はこの文章、途中まで書いてほったらかしになっておったのだよ。〔改行〕マークの前後には相当な時間差があったりするわけである。
[?/2003年2月20日]

▼この記事|| 2003/02/20(木)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

ハレルヤ!アイノメガミ/CASCADE
(作詞:TAMA、作曲:MASASHI)

カスケードが好き、と言うと、え、なんでまた?系の反応をされるのだけど、まあいいでしょう。どこを取っても強い個性が出ている彼らだが、よくよく聴いてみると、荒削りだけど見事なメロディを持った名曲があったり色々で、幅も奥行きもあるのだ。で、この曲。なんじゃこりゃ、と言わずにいられない。だって「ハレルヤ!アイノメガミ」という歌詞に「はっ!」コーラスだし。それをAメロとすると、そこからBメロに移ったときの、スピード感がたまらない。F-ZEROで加速矢印(?)を踏んだ時のようだ。誰か覚えてるかなぁ。そして、そこからがまたすごい。スピード感あふれる歌謡ロック→アイドル歌謡風→オチ。そしてAメロに戻る。この失速感がまた、たまらない。電池が急になくなったラジカセよりもすごい。ああもう例えようがない。別にテンポは変わってないのにね。

▼この記事|| 2002/09/18(水)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

中央特快/the autumn stone
(作詞・作曲:菅原龍平)

すごい曲だ。最初のAメロでいきなり難しい単語が出てくるなーと思いきや、「Sweet temptation. It's freestyle.」とくる。キッチュであることも、名曲の条件のひとつである。そして中央特快に乗り込んだかと思えば、いきなり野球を始めたり、もうすごいことといったら他の比ではない。何より、あの、いつも混んでいて、年季の入った車体は塗装が波打って時には割れていたりして、たくさん駅とばすのに実は時間的には快速とそんなに変わらない、単なる通勤電車にだ、こんな恋物語を見出してしまうところがすごすぎる。でもよくよく歌詞を見てみると、電車は君の街への単なる交通手段であって、恋物語と中央特快は実は全く関係がないともとれなくはない。錆びたバイクがあるのにわざわざ電車に乗るということは、遠いに違いない。荻窪と高尾くらい。あ、荻窪は中央特快が止まらない。

時に、その錆びたバイクというのは、YAMAHAのSR400だと思う。理由1:なんとなくそんな気がした。理由2:他にバイクの名前をあんまり知らない。

▼この記事|| 2002/09/09(月)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)

ラブリー/小沢健二
作詞・作曲:小沢健二

長い。7分超。まあそのくらいの長さのシングル曲も、今でこそ他になくはないのだが(とか言ってすぐに思いつくのはMr. Children「終わりなき旅」くらいか)。この曲を聴いたのはだいぶ昔だ。で、全く聴かなくなって、たぶん数年が経過してから、なぜか再び聴きたくなった。それで、CDを探して入手して、聴いてみた。それで、ああ好きだなって思った。どうも感染してから発症するまでの潜伏期間が長いらしい。それとも何だ、あの頃聴いた「ラ~」と、再会したそれとは別の曲だったのかなぁ。まあどちらにしろ、7分で何ができるだろうか。The Beatlesの「I'll Be On My Way」が3回半聴ける。弾ける。歌える。A4モノクロレポートが50枚くらいプリントアウトできる(当時)。吉牛に入って注文して食べ終えて出れる。いや私には無理だ。

▼この記事|| 2002/08/25(日)| 音楽| トラ(0) | コメ(0)
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