日本語をこねくり回す。映画や音楽にケチをつける。変なものを変だと言う。変じゃないものにも変なこと言う。カテゴライズするのは結構だが、複数のかけ離れたジャンルを少しずつかじるような人の立場は。

since apr.01,2005

 
<!>ここでは過去の日付に新しい記事が追加されることが少なからず、というかかなり頻繁にあるので、暇な人は「新着」に騙されないように掘り返してみてね。
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パンツじゃなくてパント。片脚分しかないのか。

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▼この記事|| 2012/12/06(木)| 変なもの| トラ(0) | コメ(0)

日本語を母語とする人が英語を習うにあたって気にするべきなのって、LとRの区別とかなんかよりもまず、母音と子音の問題なのではと思っていた。

日本語において母音と子音の関係は不思議だ。本則では、「日本語は全ての音が(子音)+母音で成り立っている」となっている(…か?)が、実際には、「おつかれさまです!」を「ots・ka・re・sa・ma・des!」と発音する方が多い。母音はわりとよく省かれている。ところが、横文字を「カタカナ語」として理解しようとすると、途端に「本来存在しないはずの母音」が多数発生する。

例えば「Strength」が一音節だなんて日本人には到底理解しがたいところだ。フランク・スタローン『Peace In Our Life』の“The strength of our nation belongs to us all”なんて、カタカナで言うと「ザストレンクスオブアワーネイションビロングズトゥーアスオール」なのに「ダツィーソーヴァーネーショービーローツーアーソー」てな感じで11個の音符に収まってしまうわけで。

奥田民生が『愛のために』で「ワールドォ オブ ワールドォ」と歌っているのは、全然変じゃない。それは英語ではなくカタカナ語だから。スピッツというか草野氏も長らく歌詞に英語を使わないで“アイニージュー”とか書いてたりしたが、英語とカタカナ語をしっかり区別することはとても大事だと思う。

そんな中、Mr.Childrenの『innocent world』を聴くたび、「innocenトゥ world~」と歌っているのが毎度気になってしょうがなかった。その母音はどこから来たのかと。が、タイトルは「innocent world」でも当該部分の歌詞は“イノセントワールド”とカタカナで表記されてるのな。どうもどっちつかずの発音に聞こえて微妙に思えていたが、どうやらそこはカタカナ語のつもりのようだ。『Cross Road』では、英語部分は基本英語表記&英語的発音準拠の中、「たたーずーむーマーテリアルワールド」のとこだけが完全なカタカナ発音で、歌詞もちゃんとそこだけがカタカナ表記になっていた。やっぱり一応使い分けてはいるのか。

ところが宇多田ヒカルは『Automatic』で“君とParadiseにいるみたい”を「きみとParadiスゥにいるみーたい~」と歌っている。『First Love』に至っては“悲しい Love Song”が「かなしいラブゥ~ソング」と、パーペキにカタカナ発音になっている。途中に出てくる英語フレーズ部分はパーペキな英語発音なのに、なぜそこだけ!?

西野カナも然り。『I』の“feel restless.”部分だけ「フィeel resトゥーleエーss」と歌ってたり、“devil”“angel”が部分的に「deviル」「angeル」になってたり。じゃあ、英語バージョンの『I Don't Wanna Know』はどうなってるんだ?と聴いてみると、当該部分はまるっきり違う歌詞で歌われているので比較できなかった。どうやら、英語が達者な人ほど、英語とカタカナ語の区別や、不思議な母音の発生に無頓着のようだ。

逆に、必要な母音が消滅する例も。ザ・シロップ『リズム アンド ブルースをうたうように』では、「リz エン blueスをうたうよに~」になってる。「z」と「th」の発音の違いは置いといて、「rhythm」はスペリングに母音っぽい文字がひとつもないけど、2音節だろ?…と指摘しようと思ったら「rhythm」は1音節だった。ということは母音は消滅してなかった。で、でも、「rhythm」を2音節で歌ってる英語の曲の例も確かにあった気がする~けど思い出せない~。で、これは「rhythm」の最後の「m」の音が聞こえないから変に思えるだけで、やっぱりこれも、「Blues」の後に母音が発生しこそすれ、消滅はしてない。他の例と同じだった。

さて、ではなぜ「m」の音が聞こえなくなってしまったか?それは、気だるい歌い方のせいではなく、「リz メン blueスをうたうよに~」と歌っていないからだ。こんなふうに、前の単語の最後の子音が次の単語の頭の母音にくっつくというのも日本語の感覚だと理解が難しい(実際には日本語においてもわりと頻繁に起きているのだが)。自転車では「マイヨ・アルカンシエル」と書かれるのに、ヴィジュアル系ではないバンドはなぜ「ラルカンシエル」にならないのか。「カム・オン!」より、「カモン!」と言った方が普通に感じるでしょ。

母音が神出鬼没なのは、「ん」という不思議な存在も原因のひとつかもしれない。日本語の「ん」は立派に一音節と認められており、日本語の歌ではひとつの音符を占有することが許されている。が、発音記号では「N」と書かれ、子音扱い。「っ」(小さい「つ」)の「Q」と並んで日本語の変な音のひとつだ。だって「ん」の発音は、次に来る音が何かによって「n」にも「m」にも「ng」にも変化する。そして、それ故に一音節と認められず子音扱いされて音符を与えられない例も同じくらい多くある。実に半端な存在なのだ。

時に、Superfly『Sunshine Sunshine』で“Sunshine Sunshine”を「サーンシャーイサーンシャーイ」と歌ってるのを聴くと、締まりがないなぁと感じる。英語の「n」を日本語の「ん」として歌ってるせいなのだが。「ん」は、しまりがないからこそ音符を占有できるのである。JUDY AND MARY『Radio』の途中、“Oh yeah, Can you, Can you hear me?”のところとかも「きゃんゆー」になってて、締りがない感がハンパない。「きゃにゆー」の方がそれっぽい。むしろ「けにゆー」と発音してみるとネイティブっぽく聞こえるぞ。

英語だとどうだろう。「everything」は3音節だけど、セリーヌ・ディオン『To Love You More』の最後で“Everything you need”が「Ev・e・ry・thing you need」と4音節(スラーを含めるとEverythingだけで5音符)で歌われている。別に母音の発生がありえないことではないようだ。そもそも有声子音は雰囲気からして簡単に母音を生み出しそうだし。そういえばQueen『'39』の“ne'er looked back, never feared, never cried”がなんとなく印象的だった。省くも省かないも自由だろ、みたいな。

え、結論?ねーよそんな国。

▼この記事|| 2011/12/25(日)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)

ピザを7等分するのが好きです。人数が2人だろうと3人だろうと、切るのを任されたら気にせずいつも7つに切ります。

ピザを7等分
目分量なので“等分”ではないのだけど、だいぶうまくなった。

恋人と2人だったら4対3で。友達3人だったら2枚ずつ取って最後の1枚はジャンケン。案外ちょうどいいのではという気がしないでもない。

お花見で誰かが持ってきたポッキー(写真右)。

チョコレートの比率63% 1本あたりいわく、「チョコレートの比率 63% 1本あたり」だそう。

…1本あたり?? 2本でも3本でも、何本集まろうと比率は変わらんだろ?

こういうのに本気で「バカじゃないのか?」と思うことは多々あるけれど、これには皆でかなり笑いまして、お花見に見事に華を添えてくれました。

当初は「チョコレート ○○グラム 1本あたり」という売り文句を考えていたのが、パッケージデザイン決定直前に「重さで言われてもいまいち分かりにくい」という話になって急遽パーセンテージに置き換えられ、1本あたりという文言がそのまま残ってしまった。…とか、「(ビスケット部分を含まない)コーティング部分のうち63%がチョコレートか。確かに2色になってるもんな。じゃあ残りの37%は何なんだ!?」という誤解を招かないために、プレッツェルも含めたまるごと1本あたりの63%という意味ですよ、と分かるように文言を入れた。…とか、こうなってしまった理由は想像できなくもないのだが(後者の可能性が高いと見ている)。でも、この商品に携わった人誰一人として製品化される前に疑問に思わなかったのだろうか。

▼この記事|| 2011/05/18(水)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)

STINKY SOCKS

ムーミンのことはよく知らないが、スティンキーのソックスとは。これで本当にスティンキーだったらシャレにならないので、これはよほどそのへんの気配りに自信がある人にしか履けまい。まさにオシャレ着。

▼この記事|| 2011/05/17(火)| 変なもの| トラ(0) | コメ(0)

日本語…じゃなくてほぼ英語の話なのだけど。そして、こういうこと言い出すとそれこそきりがないのは分かってるけど。

彼女のカレラ 最初に「ん?」と思ったのは、『彼女のカレラ』(麻宮騎亜著、集英社、2005~)に出てきた、この給油口ステッカー。

いわく、

WARNING!!
THIS PORSCHE
PREMIUM FUEL ONLY.
DO NOT USE
FUEL ADDITIVES.
と。「THIS PORSCHE」なんていかにも“文”っぽく書き出してるわりに、動詞がないぞ。雰囲気的に「PREMIUM-FUEL」という動詞として書いてるとも思えないし。日本語で例えるなら、「こちらのポルシェ必ずハイオクガソリン。燃料添加剤は使用しないでください。」みたいな感じか(注:翻訳ではない)。え、添加剤使っちゃダメなの?…じゃなくて、後半はちゃんとひとつの文になってるから、前半の“文になってなさ”が余計に目立つ。間違ってるとか間違ってないとかじゃなくて、どうにも据わりが悪い。「THIS PORSCHE, PREMIUM FUEL ONLY. NO FUEL ADDITIVES.」ならまだマシだったかも。一体なんでこんなことになっちゃったんだ?

給油口ステッカー と思ってたら、街でこんなステッカーを貼ってる車を見かけて、これのメーカー名の部分を置き換えた各種バージョンが売られていることを知った。どっちが先か知らないが、どっちかがどっちかの下敷きになっているのだろう。

WARNING!!
THIS TOYOTA
UNLEADED FUEL ONLY
ESSENCE SANS
PLOMB SELEMENT
だそう。後半はフランス語らしく、私はフランス語知識がゼロなのでわかりませんが、「SELEMENT」というのは「SEULEMENT」の誤植らしい。ま、それはスルーして、前半。なんでこんなことになっちゃったのか。

おそらく、「UNLEADED FUEL ONLY. ESSENCE SANS PLOMB SEULEMENT.」という文句は、輸入車や輸出仕様のクルマに貼られているステッカーか何かからそのまま引用したのだろう。それに、どういうわけかどうしてもメーカー名を入れたくなっちゃって、とりあえず頭に「THIS TOYOTA」と付け足してみた、という感じだろうか(フランス語の方には「CETTE TOYOTA」(で合ってる?)って付けなかったのはなぜ)。そもそもこの文脈で「THIS」を使う感覚がまず理解できないが、それ以前に、なんでそこまでして「これはトヨタ車です!」と主張したいのか。トヨタ車に貼ってあるんだから、見りゃ分かるだろう。日本語に置き換えて考えてみよう。「このトヨタ車は…」なんて書かないでしょ、ふつう。せいぜい「この車は…」となるはず。日本語だとそもそも主語を省略する文化が強いから云々は省略。

ま、所構わず自分の愛車の名称(メーカー名)をアピールしたくなる気持ち/理由は実際のところ理解できなくもないのだが。カスタムしつつも純正っぽく見せたい…というより、愛犬の名前入りステッカーや、好きなミュージシャン(ヤ○ワとか)のステッカーを貼るのとある意味同義だと思う。よっぽど好きなんだね、と。

話を戻して、そもそもこういう警告文は“文”じゃなくていいんです。日本語だったら「【警告】無鉛ガソリン専用(車)」でいいわけだし。どーーーしても「THIS TOYOTA」で始まる“文”にしたいというなら、「THIS TOYOTA ACCEPTS UNLEADED FUEL ONLY.」「THIS TOYOTA RUNS ON UNLEADED FUEL ONLY.」とかにする感じですか。大排気量車なら「THIS TOYOTA EATS UP UNLEADED FUEL ONLY.」「THIS TOYOTA GUZZLES UNLEADED FUEL ONLY.」とかでもいいかな。もしくは、頭に動詞をつけて「FEED THIS TOYOTA (WITH) UNLEADED FUEL ONLY.」とかにした方がシンプルか。文法間違ってたらごめん。で、そしたら当然フランス語の方も“文”に直さねばならないが。現代日本に有鉛ガソリンなんて売ってないんだからこの文句自体無意味だろ(これだけではレギュラーかハイオクか分からない)、とかいうツッコミはこの際入れるまい。

セキュリティステッカー 更には、こんなステッカーも売られていた。

DON'T TOUCH!
SECURITY SYSTEM
PROTECT THIS MITSUBISHI
だって。「SECURITY SYSTEM」が主語の文にしたいなら、「三単現のS」って中学校で習ったでしょう。え、もしかして何らかの理由(洋楽で「She don't~」とかよく使われてるように)で意図的になくしてる?だとしたら、だとしなくても、「THIS MITSUBISHI」なんて野暮ったい文句をわざわざ入れなくていいでしょう。というか、だから“文”にする必要はないんだってば。

衝突しないでステッカー

DON'T CRASH!!
MY SWEET BABY
IN ALFA ROMEO
I HOPE,
ALWAYS PEOPLE
SAFETY DRIVE!!
ここまで来るともう、何も言えません。コンマから「I HOPE」は上の2行に掛かっているというふうに解釈できなくもないが、どうか?

海外で「衝突しないでください!!アルファロメオに私の大切な赤ちゃん願っています、いつも人々安全運転!!」ってステッカーを貼ってる車を見たらどう思いますか?(注:翻訳ではない)

「赤ちゃんが乗っています」ステッカーを見るたび、「だから何(それによって私に何を望んでいるの)?」と思っていた。「だから多少遅くても煽らないでね」(デイサービスのワゴンが「高齢者送迎中」と貼ってるのと同じ意味合い?)と言いたいのか?それとも「私はかわいい赤ちゃんを乗せて走っている。この幸せを皆と分かち合いたい!」(ペットやミュージシャンの名前ステッカーを貼ってるのと同じ意味合い?)と単に主張したいのか?なんて考えていたが、本来は全くそうではなく、「この車には、自力で脱出できない人間が乗っています。万一この車が事故に巻き込まれているのを見たら、手助けをお願いします」という意味なのだ。なるほど…。だから、ちょっとカッコつけて(?)英語にしても「BABY ON BOARD」じゃなくて「BABY IN CAR」なんだ。日本人に分かりやすいように。このステッカーを貼っている車がパチンコ店の駐車場に停まっているのを見たら以下略。

英語に詳しい人、ご意見お待ちしてます。画像の一部はウェブから拝借しちゃいました。問題があったら言ってください。

»続き
▼この記事|| 2011/01/23(日)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)
紅葉氷漬け

今年の初詣は1月3日だった(っけ)。

2012(2009、米)

NASAが『一番「ねぇわ」と思う映画』に選んだ記念に観てみた。そういうミーハー(古語)な人って多いと思うので、これで名前が挙がった映画はセル/レンタルの売上げが上がるんじゃないだろうか。

観たんだけど、感想というような感想は…。主人公ジャクソンのドライビングテクニックと強運スゲー、と思ったくらい。なんで物書きがショーファーやっててこげん超絶運転技術を持っとう?そこんところの説明ってあったっけ。『ハイ・フィデリティ』(HIGH FIDELITY、2000、米)を観て以来「ダメ男」役のハマりっぷりに全俺が熱狂したジョン・キューザックだが、この映画の中ではどうも不完全燃焼だった感が否めない。こんなダメ男だったら自分もなりたい!とは到底思えないというか。ダメさが不足しているからだろうか。

なんでもいいんだけど、この、言ってしまえば何も解決していないし何も成し遂げていないのに映画として何となくグッドエンド(少なくともバッドエンドじゃない)風にまとめちゃってるところがものすごーくイラっとくる。『アイランド』(THE ISLAND、2005、米)で感じたのと同じ(「アイランド」はチラ観しただけでちゃんと観てないけど)。『風の谷のナウシカ』(1984、日)を見習いなさい。…どうも他の作品の名前を挙げるとケイオスになってしまうようである。

NASAがこの映画を「最もありえん」としたのは、この話が妙に「ありそう」だったために、本当に信じちゃった人がいて声明まで発表する羽目になったりしてうんざりしたから、だろう。科学的にもっとありえないSci-Fi映画なんて他にいくらでもあるだろうし。そういう意味では、この受賞(?)は誇っていいと思う。が、個人的には、この映画が特別な何かとは思わない。何のランキングにも、ベストでもワーストでも、ランクインしない。

▼この記事|| 2011/01/15(土)| 映画| トラ(0) | コメ(0)

初心を貫く」のところで引っ張り出した2年前の色褪せたポスター。

初心を貫く

その後しばらくして撤去されたが、それから再び同じ場所を見てみると。

ポスター等の掲示は公職選挙法により禁止されております

公職選挙法でポスターの掲示が禁止された場所だったようです。思わぬところで“ずっと初心者気分でいる”総理大臣の過去の公職選挙法違反が…。まあだから何ってことはないんだけど。この場所は当時他にもいくつかの党がポスターを掲示してました。

記事を一部大移動しました。

いわゆる車輪がついてそうなもの関連の記事(ここのところメインだった)を他へ移しました。リンク張らないので探してください。見つからない人はこっそり訊いてください。

▼この記事|| 2010/12/24(金)| 試験放送| トラ(0) | コメ(2)

若者の車離れなんてよく言われますが(マスコミは若者が何かから離れるのが大好き)、車終了してました。しかもガソリンスタンドで。

車終了

実際には「洗車終了」の文字がはがれたみたいだけど、にしてもヤマトの看板を使うなよ。

しかし、実際車に興味がある人なんてここ数年ほぼ出会ってないし、車離れは確実に進行しているんだろうなと感じないでもない。ちなみにこれも2年以上前の写真でした。

▼この記事|| 2010/11/22(月)| 変なもの| トラ(0) | コメ(0)

大人のステーサス

外来語も大人のステーサス。ちなみに2年以上前の写真。

▼この記事|| 2010/11/21(日)| 変なもの| トラ(0) | コメ(0)

最初に断っておくと、これは「間違い」を指摘しているものではありません。まったく。

初心を貫く

古い写真(2008年)を引っ張り出してきてみた。ポスターの色褪せ具合が残念な雰囲気を漂わせてます。

「初心」という言葉には、最初の頃の(純粋な)気持ちという意味と、まだ慣れていないという意味があります。「初心忘るべからず」と言った場合は前者の意味で、「初心者」と言った場合は後者の意味。

「初心を貫く」と聞くとなんだか違和感がある。ともすれば「ずっと初心者気分のままでいる」みたいな意味に思えてしまう。「初志貫徹」という言葉があるように、「初志を貫く」なら違和感は感じない。なんとなく、「初志」は貫くもので、「初心」は忘れないもの、という漠然としたイメージがあるので、「初心を貫く」だと二つを混同しているかのように思えて違和感を感じるのだろう。まあ、「初心」も「初志」も似たような意味があるので、決して誤用ではないと思いますが。

「減るのは腹で、空くのはお腹」みたいな話でした。別に「腹がすいて、お腹が減る」でも間違いではないらしい。まあ、間違いかどうかを決めるのは「辞書にどう書いてあるか」でも「頭の固い言語学者が何と言うか」でもなく、ひとえに「みんながどう思うか」なんですがね。

▼この記事|| 2010/05/24(月)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)

今年の東京はよく雪が降りましたね。

単なる雪景色

白ひげプント

プントも白ひげに。

ゆきだるま

数時間後にはほとんどとけてしまったゆきだるま。

奥多摩へ行くと4月の末でも桜が見れます。都心からわずか数十キロの距離。ただし時間は結構掛かる。

奥多摩の桜

奥多摩の桜2

奥多摩の桜3

奥多摩の桜4

ここらで事故を起こすと救急車で病院に収容されるまで2時間とか掛かるそうです。安全運転で。

SS―エスエス―(2007、日)

何この学芸会。

用事ができたとか時間がないとか以外の理由で、途中で観るのやめたくなった数少ない(いや、実はたくさんあるのかもしれないが)作品。あまりの演技になっていなさに、妻役の酒井某氏とか子役の演技がとても上手いように感じてしまった(注:日本の子役の演技力は基本的に絶望的と思っているので、期待値が低かったせいもある)。客観的に上手いかどうかは知らん。

東本昌平氏の原作を読んで、トトロのしっぽをつついたメイのようにどうしようもなく嬉しくなっちゃって、映画化されているのを知って慌てて観たのだけど。なので原作贔屓なのは否めない。が。原作に必ずしも沿わないキャラクター設定とかは全くマイナス評価と思いません。『頭文字D THE MOVIE』のキャラクター設定なんか大好きだし。でもね。でもね。変えちゃいけないところがあるでしょう。原作のキモというか存在意義というか(と、私が感じた)の部分とか。それを横に置いて、全く別の存在意義を作るならそれは良い。素晴らしい。けど、この映画の言いたいことって何?この映画って何のために存在するの?…まあ、原作に対する私の最初の感想が、「すげー好き。けど売れないだろうなぁ(実際売れてるかどうかは知らないけど、万人に理解されるとは思い難い)」というものだったので、それをそのまま、私にとって心地が良い作品になるように映画化してしまったら、興行的に失敗するだろうけど。

でもね。そんなこともわからないのか。」と「ゴメン!落ちるワ。」のセリフ。一体どう解釈して音声化すればああなるんだよ!ほんと、“そんなこともわからないのか”。これは『青い車』を観てガッカリした時と同じ気分。このガッカリ感は原作崇拝者のたわ言と思っていただいても結構だが。あまりのガッカリ加減に、「そんなこともわからいのか。」の理想的な発音を求めて、独りで何度も口にしてみたけど、無理でした。全然関係ないけど原作に3回くらい登場する「ゴメン!落ちるワ」のシーン、毎回描き起こしてる(コピーじゃない)点に感服しました。

映像にしても然り。「CGを使わず実写のみで描き切った迫力の超絶バトル!」って。何この迫力なさ過ぎな走行シーン。だからクルマの走行シーンは引きで撮っちゃダメだとあれほど…。車載カメラにしても、道路だけ映す前方映像と、前輪が映る右サイドの車外カメラがほとんど。実際の走行速度がどうなのか知らんが、カメラワークに芸がなさすぎる。それだったらCG使いまくりで迫力出した方が何倍もマシ。別に「リアルな」走行シーンありきの映画じゃないでしょ。これでは予算の都合でCG処理ができませんでした、てへ、としか見えない。

登場車種にしても然り。原作の設定に固執する必要はないと思うけど、スタリオン4WDラリー(レプリカらしいけど)をわざわざ探してきてるのに、自動車評論家が、BBCトップギアでジェレミーに「コクスター」とコク評されたケイマンになぜ敢えて乗ってるのか。まさか“ミッドシップで軽いケイマンこそ最高のポルシェだ”なんていう「リアルな」理由ではあるまい。原作の、敢えて、敢えて、敢えてリアエンジンの911のRSなのは何となくしっくりきてたんだけど。あ、その代わりにフォーカス「RS」?…まあ、RS200が用意できなかったとか、予算の関係とかあるかもしれない。けど実際のところ、車種に関しては別に何でも良い。「ん?」と思わなくていい範囲であれば。クルマが主役じゃないから。

で、何だっけ。私はこの映画に何を観たのだろう。あれ、この映画観たんだっけ。もう一回観てみるかな。そのうち。たぶん。

▼この記事|| 2010/03/12(金)| 映画| トラ(0) | コメ(0)
100均のプラスドライバー

細いプラスネジを#1のプラスドライバーで締めていたら、「パキン」という音とともに突然手応えがなくなった。見たらドライバー先端のねじ山に噛んでいる部分がスッパリ折れてなくなっていて、折れた十字の部分がネジ穴を綺麗に埋めていた。おいおいどーすんだよこのネジ…。プラスドライバーを使う時、「押す」力が足りなくてネジ穴をなめて壊してしまうことはよくあるけど、ドライバーの方が折れるとは…。

このドライバー、昔100円ショップで買ったものだ。思えば、100円ショップで買った工具が壊れることは珍しくない。覚えているだけ書き出してみた。

小型ラチェットレンチが空回り
買ってきて初めて使った時、六角ボルトを緩めようとして「むん!」と力をかけた瞬間、「ぐに」と変な感触と共に空回り。ラチェット機構部分のツメが変形してギアと噛まなくなって、空回りするようになってしまった。
ペンチの柄が折れた×2
普通のペンチを普通に使っていて、強く握った途端にアームがポッキリ折れた。しかも短期間に続けて2本も。いくらなんでも素手で握る力で折れるなよ。
カッターのロック機構が利かない
2本組の折刃式カッターナイフを買ったら、うち1本の、刃をカチカチ出すツマミをロックする機構が最初から壊れていた。
六角ビッドの角なめ
ラチェットドライバーの六角ビッドで皿キャップを締めていたら、たった1度の使用で角が丸くなって強いトルクが掛けられなくなってしまった。ネジの方は無事なのに。
六角レンチねじれた
細めのロングアーム六角レンチでイモネジをぎゅーっと締めてたら、ネジに挿してる側(短い方)が見事にツイスト状になってしまった。手に持ってる側(長い方)が曲がるならまだ分かるんだけど…。
金槌の釘抜きが折れた
金槌ヘッドの反対側の釘抜き部分をテコのように使っていたら、簡単にパキンと折れてしまった。本来の用途と違う使い方だから仕方ないけど、それにしても強度がなさすぎないか。
ドライバーの柄が空転×2
それほど強いトルクを掛けたわけでもないのに、ドライバーの柄の部分と芯の部分が空回りして使えなくなった。1度目は精密ドライバーで、柄の部分も金属のやつ。2度目は柄がプラスチックの普通のドライバー。
最初から切れないニッパー
刃の合わせが良いやつを選んで買ったニッパーなのに、刃の加工自体がいい加減すぎて、ちょっと太目の針金だと全然切れない上にすぐに刃こぼれ。「プラスチック専用」のタミヤのニッパーの方が針金に対しても100倍切れるし刃の強度も負けてなかった。
プラスドライバーの先端が折れた ←NEW!

これだけひどい目に遭いながらも、100円ショップの工具を買い続ける私。それなりの価格のする工具はさすがに質が全然違うけど、ホームセンター等で一番安いのを選んで買うくらいならモノによっては100円ショップで買っても大して変わらない場合も。使い捨てと考えるなら100円ショップもアリ。ただし、折れて怪我をするような工具はリスクも考えて使いましょう。

罰金では すみません

○○○マンション 私有地・非難通路
部外者の立入り・駐輪・駐車 罰金では すみません

罰金じゃ済まされないって。世の中何でも金で解決できると思ったら大間違いだぞコラ、と。

「避難通路」ならぬ「非難通路」と言うだけある。負の空気が満ちているのが分かる。

▼この記事|| 2010/02/05(金)| 変なもの| トラ(0) | コメ(0)
違反車はタイヤの空気を抜く

駐輪禁止
1. 入居者以外駐輪禁止
1. 違反車はタイヤの空気を抜く

なんか解決になっていない気もするが、現実味のない「罰金ン万円」とかよりも過激な対応とみていいでしょう。

考え方によっては、空気入れさえ持ち歩いてれば撤去されずに駐輪できてしまうので、良心的と言えるかもしれない。あ、ノーパンクタイヤだったら最強?

▼この記事|| 2010/02/04(木)| 変なもの| トラ(0) | コメ(0)
右利き用/左利き用の爪きり

どんな人でも、左手の爪を切るときは右手で、右手の爪を切るときは左手で爪きりを持つでしょう。「右手用」「左手用」と銘打つならまだ分からんでもないが。これ企画した人はどういう思考を持っているのだろうか。足の爪専用?

というわけで、刃が横を向いているこういうタイプではなく、刃の部分が正面に付いているフツーの爪きりがユニバーサルデザインという点からも最強であることが確定しました。

とか言いつつ私も刃が横を向いているタイプの爪きりを長年愛用しているのだが、本体を裏返せばどっちの手でも同じように使える(本体を人差し指・中指側で持って親指でレバーを押して使っても、レバーを人差し指・中指側で持って親指で本体を押して使っても実際ほぼ変わりません。構造上ニッパータイプほど完璧に同じではないが)ので、両方用意する必要性が全く分かりません。

▼この記事|| 2010/02/03(水)| 変なもの| トラ(0) | コメ(0)
男子トイレのマーク

男子トイレのマーク。身体的特徴の表現が見事です。意図的なのかどうかが気になるが。

96 Of The Coolest Toilet Signs Around The World

▼この記事|| 2010/02/02(火)| 変なもの| トラ(0) | コメ(0)

某トバックスという某カー用品店にて。

とってもお酒乱!!

「このようにオーダーマットとカラーコーディネイトしてもとってもお酒乱!!」

よりによってカー用品店で酒乱はまずいだろ、酒乱は。まあ、「洒落」(シャレ)と「酒乱」(シュラン)、間違ってしまう気持ちも分からんでもない。「洒」と「酒」は見るからに似ているし(何を隠そう、これが違う字だということに今まで気付いていなかったほどだ)、「落」と「乱」は音もまぁ似てるし若干ネガティブな意味合いの言葉として類似性を見出せなくもない。けど、よりによってカー用品店で酒乱はまずいだろ(くどいよ)。確かにミシュランというタイヤメーカーもあるけど(関係ないよ)。

「洒落」を文字って「酒落」としている例や、単純に誤植で「酒落」と書いている例もあるようで。ネットじゃなく、手書きの書類を調査したら相当数の誤記が出てきそうだ。逆に「洒乱」ってのはどうだろう。シャラン。キレイさっぱり乱れてる…なんじゃそりゃ。

»続き
▼この記事|| 2010/01/10(日)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)

ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT/The Fast and the Furious: Tokyo Drift(2006、米)

このシリーズの作品は全く観たことがなく、突然コレを観たので、シリーズとしての流れは全く知りません。実に私のステレオタイプ的アメリカ人的な発想の映画だなと思った。「とりあえずV8載っけとけばOK」みたいなのが根底にある。主人公のショーンも、当初は「デカけりゃいいと思ってる」男だったし。

1967年式マスタングのスペックはあんまりわかりませんが、NISSANのエンジン(WikipediaによるとRB26DETTらしい)をうまく載せたとして、足回りはどうなの?仮に、駆動系は当然としてステアリングギアボックスからサスペンションアームに至るまで全部換装したとしても、トレッド・ホイールベース等のディメンションの影響は?大柄なボディの重量は(総重量はあまり変わらないみたいだしボディのみで比べると逆に軽い可能性もあるかも)?速度域からして空力は関係ないとしても、重心は?何よりボディ剛性は?短時間のうちにマトモなマシンが完成するとは到底思えん。実際撮影に使用された車両はどうなんだろう。撮影で走ってるからにはちゃんと戦闘力のあるマシンに仕上がってるんだろうけど、どっちの車種がどのへんまで活かされてるんだろう。まあ細かいことはいいとして、ガワとエンジンを切り離して考えてるその発想そのものが、アメリカ人的だなと。

そう考えると、ガワはマスタングであっても、アメリカの誇りであるV8(OHVかな?現行マスタングはSOHCみたいだけど)を捨てて(捨てたんじゃなくて無かったから仕方なくなんだけど)、国産エンジンで勝負に行くというのは、『赤羽がんこモータース 3』(田中むねよし、小学館、2009)の第19話、「アメリカの行く道」ともリンクして、なんとも感慨深いものだ。そんなふうに、ちょっと切ない思いに浸っていると、最後の最後に正真正銘のV8(だと思う)のサウンドが聞けて、アメリカ人的には歓喜のうちに幕を閉じるという。実に気分の良い映画だ。

なんでランエボでドリフトしてるんだ(WikiによるとFRに改造しているらしい)とか、日本は韓国にとってのメキシコなのかとか、印象に残った点は色々ありましたが、きりがないので略。けど、日系俳優の日本語のセリフの「吹き替えです感」(DVDの場合)を何とかしてほしかった。別に『ガン・ホー』(1986、米)みたいな訛りまくりな感じでもよかったのに。あと、何でもかんでもクルマごと体当たりすりゃいいと思ってそうなあたりはさすがに日本人の私にはついていけません。NASCARじゃないんだから。

▼この記事|| 2010/01/03(日)| 映画| トラ(0) | コメ(0)

猫の恩返し(2002、日)

英語タイトルは『The Cat Returns』っていうのか。じゃあ、『スーパーマン リターンズ』の邦題は『スーパーマンの恩返し』か(違)。

これ書く前にケータイでネット検索してて発見した、この映画に対するツッコミが非常に稚拙でびっくりした。そりゃ確かにツッコミどころは探せばそれこそ本が1冊書けるほどあるだろうけど。私が唯一気になったのは、人物や背景の大きさの比率。

軽度のネタバレ?
詳しく検証したりしていないので、「そう感じた」というだけで、実際はものすごく綿密に計算されているのかもしれないが。最初は、当然フツーの世界。猫の事務所のある一角は、恐らくフツーの猫が人間だったら(というか人間が猫サイズだったら)このくらいの大きさの家に住むだろう、という大きさっぽい。ところが、カットによって人物と背景の大きさのバランスが違って見えるので(遠近法が極端なのか?)、なんかおかしい。その空間にいる間に主人公が徐々に徐々に小さくなったりでもしているのだろうか。猫の世界では主人公が小さくなって猫サイズになった、という設定だし。置き物のときのバロンは、猫の事務所の窓に飾られているので、ものすごく小さい。動き出すと同時に巨大化するのだろうか。そのへんの設定は知りませんが、私には、置き物のバロンと猫の事務所の窓の大きさの関係が、フツーの世界の窓の大きさに影響されているように見えてならない。

まあそんな感じでそもそもの設定上、人物の大きさが変化するので、難しいのは分かるのだけど。が、人物(猫含む)同士の大きさのバランスまで、カットによってなんか違って見えるのはいかがなものか。アニメーションって、キャラクター決めたときに、各人の大きさの関係が分かるように、登場人物が全員並んだイラストを作るよね。それを見てみたい。見たらなるほどって思うかな。けど、アニメーション(に限らず映像作品)って、「正しく」描くことより、観る人に自然に見えるように描くことの方が重要だよね。

この作品と関連の強い『耳をすませば』の中に、「遠くのものは大きく、近くのものは小さく」見える世界が出てきますが、その中でも、雲(のようなもの)は遠くのものの方が小さかったり、飛び去る人物はフツーに小さくなっていったりしているわけで。これは設定上「間違っている」と言えるけど、仮に飛び去っていく人物を、その世界の法則に従って徐々に大きく描いたとしたら、それが遠ざかっていっているということを観る人が認識できないので、作品として成り立ちません。

全然関係ないけど、DVDの日本語字幕に誤植発見。「猫の命にはえられないか」だって。「代えられない」じゃないの?

▼この記事|| 2009/12/24(木)| 映画| トラ(0) | コメ(0)

部屋の蛍光灯がなんか暗い、と指摘されて、掃除するためにカバーを外したら蛍光管が黒くなっていた。で、よくよく考えたらもう下手すると9年くらい替えてないかも?ということに気付き、買いに行った。

当時、次世代蛍光管としてデビューしたばかりの「スリム」タイプの環形蛍光管(FHCという規格らしい)にこだわって購入した照明器具だが、一般的になりすぎた従来型の規格がそう簡単に淘汰されるはずもなく、今でもどちらかと言わずともマイナーな方な気がする。今は(どちらが先とか知らないけど)他のタイプもあるみたいだし、もしかしてこのままMDもしくはLDみたいな立場で消えていくのだろうか。まあ、LEDが現在の照明の風合いを完全に再現した上で一般化して価格が下がったら蛍光灯なんて一瞬で消滅するだろうけどね。

んで、カバーを掃除した上で蛍光管を交換してみたら、3.5割くらい明るくなりました。今度は東芝の「PRIDE」とかいうやつにした。明るさ5%アップ、寿命1.3というふれ込みの。東芝の普通のが1セット2,380円、PRIDEが特価で2,480円。そりゃあ良いほうを買うしかないだろうということで。今までは昼白色だったけど、PRIDEは昼光色しか置いてなかったので、それで。まあ事務所とか書斎的に使ってる部屋なのでこれで正解だろう。ついでに常夜灯もLEDに交換した。ほとんど使わないのに。なんか新しいもの好きみたいになっちゃった。

しかし、ただでさえ「従来品と比べ2倍」と言われるスリム蛍光管の、さらに通常より1.3倍という15,000時間の寿命。一日の平均点灯時間を考えるとまた9年くらい平気で持ちそうだ。

一人より二人で帰る夜の道

そうね、クリスマスだものね。2年前に撮ってアップするのが面倒で放置されてた写真。

▼この記事|| 2009/12/18(金)| 変なもの| トラ(0) | コメ(0)

茄子 スーツケースの渡り鳥(2007、日)

これってOVAだったのか。それすらも知らずに観た人です。前作の「アンダルシア~」は、原作を読まずに観て、わりと好きだった。その後、原作を読んで、わりと好きだった。今回、原作を読んで、しばらくしてから観た。

ペペがルパンに見えてしょうがなかったのだけど、これって、本当に黒田硫黄の同名の作品を原作とした映画なのだろうか?細かな設定とか画風とかは全然重要だけどひとまず置いといて、空気感が全然違う。どのくらい違うって、「ランボー」と「ランボー2」くらい違う。もしくは、「ランボー3」と「ホットショット2」くらい違う(あくまで例えです)。これには正直、心の準備ができていなかったというか、一人の観る人としての対応力が追いつかなくて、迫り来る作品から反射的に身をかわし続けていたら、状況を把握する前に終わっていた。

今回、先に原作を読んで、わりと好きだった。その後、原作の内容を忘れかけた頃に観て、違和感を感じた。その原因を探るべく後から原作を読み返して、確信した。私は、黒田硫黄の絵は好きではないけれど、黒田硫黄の空気感が好きだった。よしもとよしとも原作で黒田硫黄作画の作品が微妙に好きだったのは、よしもとよしともの原作の空気感が好きで、黒田硫黄の絵が好きではないからだと思っていたけれど、あの空気感は実は紛れもなく黒田硫黄の絵であって、私が好きな黒田硫黄の空気感は、私が好きではない黒田硫黄の絵だった。つまり私は黒田硫黄の絵が微妙に好きだった…あれ?

なので、言ってみれば原作崇拝者の一人になってしまった私にとってこの作品は一種の失望であり、所々に原作のモチーフを発見して「お!」とちょっと喜んだくらい、まるっきり違うものに見えた。が、それはつまり前作を加味した上で考えると、この高坂さんという監督が、原作との距離感を自分の手指のように自在に操ってどんな風にでも消化(昇華?)できるんだぞという手腕を目の当たりにして、この全く新しい創作物に腰を抜かしてしまったというか。だから命からがら身をかわすのが精一杯だったのか。

以上から分かる通り、非常に素晴らしい作品です。が、今思うと、アニメーションのデジタル化がどんどん進んで、なおかつデジタル化に起因する違和感がどんどん薄くなってきてるなぁ、という点にばかり目が行ってしまう54分間だった。デジタルの自然さに感心する一方で、手描きのアニメーション部分のうねうね感が気になってしょうがなかった。アクロバチックなアングル連発だったからなおさら。AKIRAみたいな「味」のあるうねうね感ではなく、もちろんジブリ的なスマートさからは程遠い。動画描いたの誰だよ。予算の都合?

▼この記事|| 2009/12/14(月)| 映画| トラ(0) | コメ(2)

「魔法にかけられて」という邦題の映画がありますが、観てません。ただ、このタイトルを聞いて、「ん?」と思った人は多々いるようで。私もそのクチです。日本語の文法にはちょっとうるさいですよ的な見地でそう思い至ったのではなく、日本語を母語とする一人間として何となく違和感を感じた。

けど面倒なので以前のように詳しく検証する作業は他の人に任せます。以下想像だけ。

「かけられる」と聞くと、当然「ABかけられる」というふうに目的語を必要とするように感じる。まるで詩人が痛みを必要とするように(←これ何の引用か分かった人エライ)。この場合、一般的にAは人、Bはモノです。「魔法にかけられる」と聞くと、「魔法Bかけられる」の目的語Bを省略した文のように聞こえる。となると、魔法さんという人がいるの?魔法ってモノじゃないの?となり、それが違和感となるわけだ。
…ってそんなバカな。確かに、パッと目耳にした瞬間の違和感はそれが原因の場合もあるかもしれないけど、魔法さんが犯人なわけじゃないだろうと誰でもすぐに考えるわけで、魔法はBであると気付く。で、このフレーズを反芻してみる。「魔法にかけられて」。「魔法にかけられて」?…ん?「魔法をかけられて」じゃね?

例えば、「催眠」だったら?「催眠をかける」「催眠にかける」どっちだ。「催眠術」だったら?「催眠術をかける」。「催眠状態」だと?「催眠状態にかける」。この場合「催眠術」は手段(原因)であり、対象に向かって飛んでくるもの。「催眠状態」は目的(結果)であり、対象が飛び込んで(放り込まれて)いくもの。催眠術をかけられた結果、催眠状態にかけられたことになる。だから「催眠術」を目的と解釈すると、「催眠術(の術中)にかけられる」もありうる。じゃあ、「魔術」だったら?「罠」は?「暗示」は?「拷問」?「謀(はかりごと)」?「鑑定」?「篩(ふるい)」?「競売」?「入札」?「火あぶりの刑」?「縄」?「網」?色々例を出してみると、……よくわからんので以下略。で、「魔法」は?「魔法にかける」も「魔法をかける」も間違いではない。「魔法」は手段(原因)にも目的(結果)にもなりうるからだ。よって、「魔法にかけられて」は文法的には間違いではない。…本当かなぁ。

書き始めたら意外と長くなってしまった。

まあ、意図してかどうかは知らないが、「魔法をかけられて」よりもインパクトがあり、印象に残る。こういうかたちで話題にもされる。商業的には「間違いではない」どころか「大正解」ではないだろうか。

関係ないけど、「商店街に行く」「商店街を訪れる」の例みたいに、助詞が決まってる場合もありますね。商店街は目的地ではなく通り道かもしれないので、「商店街を行く」はありうるけど、いかなる場合にも「商店街に訪れる」はありません。

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魔法(に)かけられて……?

▼この記事|| 2009/12/08(火)| 日本語| トラ(0) | コメ(0)
反転させてご覧ください

乙。あれ、いまいちだったか。

▼この記事|| 2009/11/11(水)| 変なもの| トラ(0) | コメ(0)

おやつ

何が言いたいのだろうか。

…と、思わせることが目的か。


▼この記事|| 2009/09/07(月)| 変なもの| トラ(0) | コメ(0)
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